071 賞金稼ぎ08――『やった感、か』
説明会が終わり、参加者たちが部屋を出て行く。
『これで終わりか。なんともお粗末な説明会だった』
『ふふん。説明することに意味なんて無い形だけのものだからでしょ』
『やった感、か』
セラフは何か知っているのかもしれない……いや、いつも通りの思わせぶりな態度を取っているだけだろう。
『はぁ?』
これ以上、この部屋に残っていても仕方ない。
「それでは僕たちは行きます。あなたも頑張ってください」
ウルフは優しげな顔で苦笑しながら立ち上がる。
「ふん」
「……帰る」
ウルフと一緒にいた女たちもぞろぞろとその後を追いかける。ウルフたちスターなんちゃら団も帰るようだ。俺も外に出よう。
通路に出ると、何故か俺たちよりも先に部屋を出たはずの連中の塊が出来ていた。
ん?
人の壁によってよく見えないが通路に机が並べられ、そこで誰かが呼び込みをしているようだ。俺は小さい体を活かし、集団をすり抜け、その机の前へと入り込む。
「皆さん! せっかく手に入ったタグがなくなりそうって思わないですか! そこで、このキーチェーン。タグにつければなくさなくなること間違いなし! 首からさげることもできますよ! しかも安心のカーボンファイバー製! 今なら、これが千コイル! 今だけ、今だけですよー!」
……。
なるほど、商人が来ていたのか。しかし、クロウズのオフィス内で商売とは……。
「買った。このデザインのをくれ。このタグの口座落としで頼む」
「はい、まいど!」
しかも、そこそこ売れているようだ。
首からさげられるようになるキーチェーンか。確かに便利そうだ。だが、千コイルは高すぎる。試験を終えてコイルが手に入って浮かれているクロウズ向けの商売のようだ。
……あ、見知った顔が。ガタイが良かっただけではなかったおっさんが、キーチェーンの前で腕を組んで悩み込んでいた。まさか、買うのか。
「おい、これをくれ。このデザインのヤツだ」
買った。買ってるぞ。おっさん、どう考えてもぼったくられてるぞ。おっさん……。
『ふふふん。お前は買わないのぉ?』
『不要だ』
必要無いだろう。だが、首からさげるというのは便利かもしれない。俺の首輪と結びつけられないか、ゲンじいさんに相談してみるのも良いだろう。
俺はそんな連中を横目に集団を抜け出し、エントランスへ戻る。そのまま受付窓口へと向かう。
「お金を引き出したい」
「えーっと、新人さんですよね? タグをお願いします」
ショートの女性が対応する。この受付嬢とは初対面ではなかったと思うが、初対面のような対応だ。
『これはあれか。俺程度は覚えられていなかったのか、と悔しがる場面だろうか』
『ふふん。そう誘導したいんでしょ』
なるほどな。
「それで、いくら引き出されますか?」
「全額、頼む」
「え? あ、はい。分かりました」
受付嬢からタグを返して貰い、服のポケットに突っ込む。そして、受付嬢が持ってきたのは単一乾電池が二本と単二乾電池が六本だ。合計二万六千コイル、か。少し多い気がする。あのオーツーと名乗ったマスターが色をつけてくれたのだろうか。
しかし、だ。
「意外とかさばるな」
「ええ。ですから、コイルを持ち歩くクロウズは少ないんですよ。持っても少額ですね」
口座に預け放し、か。それでそのクロウズが死んだらオフィスはボロ儲けだろうな。
「セラフ、悪いけど持ってくれ」
『はぁ? なんで私が』
『言い方が悪かったな。セラフ、お前の人形に持たせてくれ』
「そちらのお金は私が預かりますね」
セラフの人形が気持ち悪いほど爽やかな笑顔でお金を受け取る。俺はその中から単二乾電池を一本だけ抜き、エントランスでたむろしていた男の一人へと投げる。
単二乾電池が男の額に当たり、その男がグワァと情けない声を上げる。
「借りていた千コイルは返したぞ」
俺に絡んできて親切に千コイルを貸してくれた男だ。
「こ、この餓鬼! り、利子がねえぞ!」
男が真っ赤になった額をこすりながら叫ぶ。
「あまり欲張るとろくなことにならないぞ」
俺はセラフから単二乾電池をもう一本受け取り、それを投げ放つ。その単二乾電池が男の顔面に刺さりそうになったところで――側に居た髭の男に受け止められた。
「あまり、うちの団員をいじめてくれるなよ」
受け止めるか。このヒゲ面はそこそこ出来るようだ。
「そう思うなら、団員をしっかりと管理しておけ」
「勘違いした餓鬼にオフィスは怖いところだって教えるのも先輩の役目でな」
髭のおっさんが睨むような目でこちらを見ている。
「おっとそれは悪かった。あまりにも幼稚なちょっかいだったから、そんな意図があったとは分からなかった」
俺は肩を竦める。
「んだとぉ!」
「待て、オフィス内は不味い。餓鬼、お前の顔、覚えたぞ」
「そりゃどうも」
俺は小さく手を上げ、連中の横を抜ける。ヒゲ面だけは要注意かもしれない。
『ふふん。雑魚でしょ』
『油断で負けることもあるさ』
セラフならあり得そうだ。
『はぁ!?』
『人を馬鹿にして見下しているから足元を掬われるんだよ』
この物騒な世界では敗北イコール死だ。油断は出来ない……な。
オフィスを出る。とりあえずゲンじいさんのところに戻ろう。
と、そこで見覚えのある顔を見つける。
薄汚い格好の子どもが箱を抱え、オフィスから出てきたクロウズにまとわりついていた。
「通常のブマットなら2コイル、最新式の液体ブマットなら5コイルだよ。出来たて熱々だよ」
確かブマット売りのトビオ少年だったか。
意外にもブマットとやらはそこそこ売れていた。クロウズたちは、まとわりつかれて少し鬱陶しそうにしていたが、それでも必要なものだから仕方ないという感じで買っていく。
殺虫剤が、そんなに必要なのか?
「ブマットはいらんかねー。サクサクだよーって、お前!」
トビオ少年が俺に気付いたようだ。
「ダース単位の用意は出来たか?」
「はぁ? お前、何言っているんだよ!」
トビオ少年が何やら叫んでいる。
「俺がクロウズになったら買う約束をしていただろう?」
「はぁ? お前、何言っているんだよ。砂漠の熱さで、ここ、やられたのか?」
トビオ少年が自分の頭を軽く叩いている。
俺はセラフの人形が持っているコイルの中から単二乾電池を一本取り、トビオ少年に投げ渡す。
「俺は整備士のゲンじいさんのところに居る。用意が出来たら持ってこい」
「はぁ? これ、千コイルか! って、多すぎるだろ!」
「商売する気がないのか?」
「わーったよ! で、通常、液体、どっちだよ」
「液体の方が高性能なんだろう? それにしてくれ。それと……もう少し、客相手の態度を取れ」
俺の言葉を聞いたトビオ少年が頭を掻く。
「わ、わりぃ。クロウズのにいちゃん、あのくず鉄屋のところだな。分かったぜ」
やれやれ、これで良いだろう。
『ふーん。これが持ち逃げするとは思わないの?』
『するかもな。されても痛くない金額だ。それに、この少年は、ここを取り仕切っているって言っていただろう? その立場のものが逃げればどうなる。千コイルは大きいかもしれないが、その信用を失っても良いほどの金額ではないだろう』
『ふ、ん。そうかしら』
俺は肩を竦める。
ここを取り仕切っていると言ったのが、このトビオ少年の戯れ言ではない前提の話だ。普通に持ち逃げされるかもしれない。
千コイル。
このトビオ少年が売っている液体ブマット200個分。先ほどの売れ行きを見る限りは二、三日でそれくらいは売れてそうだ。
持ち逃げされない可能性の方が高いだろう。




