007 プロローグ04
狭い部屋の中を見回す。
あるのは机に椅子、ブラウン管のディスプレイだ。他には何も無い。この部屋に物を極力置かないようにしていたのではないだろうか――そんな気がする。
改めて部屋の中を見る。
何だろう、何か、監視用の部屋という感じがする。何を監視しているのか? それは先ほどの部屋だろう。
にしても、ブラウン管のディスプレイ、か。ブラウン管のディスプレイの後ろからは何か良く分からない配管が背後の壁まで伸びていた。電源やイントラ用の回線とかだろうか。
パソコン本体は見えない、な。これは……もしかするとディスプレイかと思ったが、一体型のパソコンのようなものなのだろうか。ディスプレイの下側には三つほどボタンがくっついている。
押してみる。
何も反応がない。電気が来ていないのだろう。何処かに発電機とかないのだろうか。とにかく、このままでは使うことも出来ない。
他に何かないだろうか? どう見ても何も無いな。
……。
ここで手に入ったのは弾丸の入っていないハンドガンだけ、か。他にあるのは白骨死体だけだ。この白骨死体は何も身につけていなかったかのように骨だけだ。
ハンドガンがまだ使えそうな形でそのまま残っているのだから、金属製のボタンとかベルトのバックルとか残っていてもおかしくないと思うのだが……。
そういえば、先ほどの部屋でもそういったものが残っていなかった。
……。
もしかして金属製品の持ち込みが禁止されている施設だったのだろうか。先ほどの部屋に金属はあったのだから、あくまで禁止なのは持ち込みなのだろう。となると、このハンドガンは……。
まぁ、普通に考えて、自殺用なのか、何かに対処するためだったのか、とにかく後で緊急用に持ち込んだものなのだろう。
それで、それが分かったところで……うん、どうしようもないな。
にしても今の持ち物は弾丸の入っていないハンドガンに鼻が曲がりそうなほど臭う白衣だけ、か。これで、またあのネズミのようなものが襲ってきたら……。
いや、待てよ。
白骨死体が座っている椅子を見る。
木の椅子だ。
そうだよな。武器らしい武器にこだわる必要はない。なかった。
あのネズミとやり合った時もそうだ。落ちている白骨死体の骨を使っても良かった。まぁ、長い年月で脆くなっている可能性もあるから、それは微妙だったか。
では、木の椅子はどうだろう。
木の椅子をつかみ持ち上げてみる。
硬い。この施設が閉鎖されてからどれくらい経っているのか分からないが、それほど劣化していないようだ。
木の椅子の足を持ち、机に叩きつけ、破壊する。出来たのはバラバラの木の棒だ。椅子の足の折れた部分はギザギザに尖っており、突き刺せば武器になりそうだ。棍棒として使っても良いだろう。まぁ、机に叩きつけただけで壊れる程度の耐久だから、どちらにしても使い捨てになるだろうけどな。
この木の棒に布を巻き付けて松明代わりに使っても良いだろう……火があれば、だが。
折れた木の棒を二本だけ持つ。まぁ、手は二本しかないから仕方ない。これ以上持ち歩いても邪魔になるだけだ。
って、ん?
いつの間にか手の血が止まっている。巻いていた布は血で固まりカピカピだ。巻いた布の中がどうなっているか怖くて見ることは出来ないが、木の棒を持っても痛まない程度には治っているようだった。
怪我の治りが早い?
どういうことだ?
と、とにかく外に出てみよう。
この監視部屋には扉がない。すぐ廊下に出ることが出来るようだ。元々扉がなかったのか、それとも取り外されたのかは分からない。だが、ここからなら廊下に出られる。
監視部屋から外に出てみる。そこは長く伸びた通路だった。
コンクリートのような壁は年月による劣化なのかところどころひび割れている。これは……運が悪いと生き埋めになる可能性もある、な。
にしても、立体映像が表示されるような透明な板もあれば、ブラウン管のディスプレイだ。何処かチグハグな……どうにも、この二つでは技術のレベルが違っているような気がしてならない。あの立体映像が表示された透明な板は後で持ち込まれた物なのだろうか?
長い廊下を歩く。
ここはまず間違いなく何かの実験施設だ。人を棺の中に閉じ込めて行うような実験だ。ろくでもない実験だろう。
途中、壊れているが円形のトンネルのような場所をくぐり抜ける。円形のトンネルの壁にはガラス板のような物が取り付けられていた跡がある。
そのトンネルを抜けた先は小さな部屋だった。そこには金属製のロッカーが並んでいる。
……。
ここで荷物を預けて実験部屋に?
これは運が向いてきたかもしれない。金属製のロッカーは劣化している様子が無い。中に入っている物が無事な可能性は高いだろう。
ロッカーに手をかける。ロッカーを開けようとするが鍵がかかっているのか開かない。並んでいるロッカーを一つ一つ確認していくが、そのどれもが開かない。
鍵穴のようなものは見つからない。開かない。
……あの実験部屋が金属の持ち込みが禁止なのだとしたら鍵が使われていないのも当然か。
いや、だが、そうだとすると、このロッカーはどうやって開くのだろうか。
……もしかして電動式なのか? 電気が来ていないから開かない?
この部屋の奥にはエレベーターのドアのようなものもある。だが、当たり前のように開かない。
監視部屋のディスプレイに電源のような配線はあった。こういった実験施設だ。電気が外からだけとは考えにくい。何処かに非常用の電源があるのではないだろうか。
まずは電気、か。運良く何とかなれば良いのだけれど……。
で、道は、と。
エレベーターだけがこの階層に来るための手段だとは思えない。何処かに必ず階段があるはずだ。
そして、すぐに見つける。エレベーターの裏側に扉がある。ここで間違いないだろう。錆び付いているのかとても重い扉をぐいぐいと押し込み動かす。
ゆっくりっとギイギイと嫌な音を響かせながら扉が開いていく。
次の瞬間だった。
開いた隙間から何かが飛びかかって来た。
すぐに持っていた木の棒でそれ目掛けて突きを放つ。
それは巨大なネズミだった。そのネズミに木の棒が刺さる。ネズミの飛びかかってきた勢いが凄かったのか、とにかく運が良い。
木の棒に刺さった状態のネズミを地面に叩きつける。まだ動いている。何度も叩きつける。なかなか死なない。恐ろしい生命力だ。
何十回と地面に叩きつけ、ネズミの頭の形が良く分からないぐらいぐちゃぐちゃになったところでやっと動かなくなった。だが、叩きつける勢いが強すぎたのか木の棒が曲がってしまっていた。
……この木の棒はもう使えそうにないな。
そして階段だ。扉の先にあったのは予想通り階段だった。
狭い階段はすぐに折れ曲がり上と下に伸びている。だが上への道は崩れ落ち、どうやっても上がることが出来なさそうだった。下を見る。
下への道も崩れ落ちている。だが、こちらは飛び降りていくことが出来そうだ。しかし一度降りれば、もう戻ることは出来ないだろう。
……。
でも、だ。
上に行けないなら下に行くしかない。
他に道はなさそうだ。
覚悟を決めよう。