749 リインカーネーション’19
私の用件?
「えーっと、私は、私の用件は視察です。視察に来ました。施設の中を見せて貰えますか?」
「承りました」
羽衣のような服の女性が優雅にお辞儀を返す。そして、この施設の地図が表示される。あまり大きな施設ではないようだ。といっても管理システムが関わっている他の研究施設と比べれば、というだけで、それなりの広さはある。全て見てまわろうと思ったら一日は余裕でかかりそうだった。
何処から見てまわろうか?
アマルガム101がわざわざこの施設の座標を書いたメモを残した理由。それが分かる場所。それは何処だろう?
何処が……、
私がそう考えていた時だった。
施設の奥の方からドタドタと慌てた様子で何かが走ってくる音が聞こえた。
「ぜー、はー。ま、マザーからの、ふぅふぅ、視察、ぜー、はー、ですって?」
荒い息をしながら現れたのは眼鏡をかけた小太りな女性だった。
「はー、はー、ぜー、博士、ぜー、ここには、ぜー、視察……と、ぜーはー」
不健康そうな眼鏡の小太りな女性は、これが久しぶりの運動だったのか今にも倒れそうだ。
「えーっと、ゆっくりで良いですよ」
「ふぅふぅ、助かります」
私は眼鏡の女性の息が整い回復するのを待つ。
「ふぅー、最近、運動してないもので、お見苦しいところを見せました。私は神無月ィ、神無月マロリーです。いやー、天津様直属のミナモト博士に来て貰えるなんて、是非、どうぞ、どうぞ、ふひひ、ここを見てください」
眼鏡の女性が媚びを売るような上目遣いで揉み手をしながらこちらを見る。人付き合いの経験が殆ど無く、ごまのすり方を教えて貰えなかった人特有の挙動不審さだ。
「……一応は天津博士の直属ですが、私なんて下の方ですよ」
私は事前に調べていた情報を参考にして、そう話しかける。先生は管理システムが持つ研究施設の一職員でしかない。小物ではないが、大物でもない。偽るにはちょうど良い立場だった。
「いやいや、こんなマザーに見捨てられた施設の所長と比べれば、私なんて神無月家の出だから、なんとか、ここに居させて貰えるだけで、いやー、羨ましい。お若く見えるのも例のアンチエイジングでしょ? 最新技術に触れられる場所に居るのは、ふひひひ、それだけで、羨ましいですよ。神無月家がもうちょっと上だったら、いえ、ここでも文句はないんですがね、ただ、そりゃあ、羨ましい、と。ふひ、アンチエイジングだけでも受けたい、ふひ、体型調整用のナノマシーンって痛いんですか? いえ、ちょっとした興味で、整形技術なんて過去にしたとか、情報端末で謳ってるじゃあないですか。あんなインチキじゃなく、それ、本物なんでしょ? いやー、天津様に会えるだけでも、いえ、ここに不満がある訳じゃないですよ。それは、本当ですよ。ふひ、自由に出来ますしね。あー、えー、ただ、ここは隔離されてるじゃないですか。この施設内じゃあ端末も使えないんですよ。外に出るのも許可が必要で。私が、ですよ。お飾り扱いなんて酷いと思いませんか? 家の端末にたまったドラマを見たいのに、ここに持ってくるのすら……あー、いえ、なんでもないです。自由がないんですよ、権限なんて、本当にちょびっとですよ。ふー、せめて情報端末が繋がれば良いんですけどー、私は神無月家ですよ。所長ですよ。それでもこの扱いなんですから、はー、最近は、あれ、誰だったか? 政治家の本郷だったか? 例の二世議員ですよ。あ、四世になるんでしたっけ? あれが……」
小太りな女性はべらべらと喋り続けている。
「えーっと、この施設の案内をお願いしても?」
いつまでも話が終わりそうにないので私の方からそう切り出す。
「ああ、すいません。私の話なんて退屈でしたよね。ふひ、久しぶりに人と話したもので。ご存じの通り、ここにはマザーから切り離されたつまらない端末しかないじゃないですか。お堅くて話し相手にもならないんですよ。まぁ、AIと会話するなんてナード連中の趣味を私がやる訳ないんですけどね。えー、そうですよ。それで、何の話でしたか」
「えーっと、施設の案内です」
「ふーむ。ミナモト博士ならご存じなのでは? ふひ、わざわざここまで来たのは優秀な人員のスカウトとかではなく?」
小太りな女性はがっかりした顔でこちらを見ている。
「えーっと、これは視察ですよ、ミズ神無月。一から説明してもらっても良いですか?」
私の言葉に小太りな女性が片方の眉を上げ、露骨に不快そうな顔をする。
「ミズ? ……まぁいいでしょう。同じ研究者仲間ですからね。えー、ミナモトさんは視察ですか。そうですか。ここにはマザーのお膝元に居たミナモトさんが見るようなものは、何も! 無いと思いますよ」
「マザー?」
「あー、えー、はぁ、そこからですか。天津様が作った人類を管理する例のアレですよ。沢山の子端末があるでしょ。それの親だからマザーですよ。あー、すいませんね、こんな下々の言い方は知りませんでしたか、一般常識でしょ。情報端末とか見ないタイプですか? ここと違って外なんだから、いつでも見れるだろうに、はぁ、で? えーっと、視察ですか。いくら同僚でも、見せられないものはありますからね。ふーふー、天津様の直属だからと言っても私と同格ですよ。同じ研究者でしかないんですよ? いや、ここの所長の私の方が上だとも言えるのでは? えー、そうですとも。ルールはご存じでしょ? ふーふー、ここが捨てられた場所でも、リサイクルの研究しかしてなくても、見せられないものはありますよ。ここの研究成果を持ち帰られては困りますからね。ふー、えー、そうですよ」
小太りな女性は鼻息荒く一気に捲し立てる。
思わずため息が出そうになる。
「えーっと、神無月所長、所長もお忙しいでしょうから、誰か手の空いている人を紹介して貰えますか?」
「手の空いている人? ミナモトさんはここに暇な人が居るって言いたいんですか? ふー、ふー、さすがは天津様の! 直属ですね。ずいぶんと傲慢な言い方ですこと」
思わずため息が出る。どうやら私は言葉を間違えたようだった。この所長が突然不機嫌になった理由は分からないけど、とても面倒なことになったのは分かった。
強行突破した方が早いのかな?
ナノマシーンを使えば監視カメラ、管理端末などの機械を誤魔化すことは出来る。だけど、人の目までは誤魔化せない。だから先生のIDを偽造したのに、この研究施設の所長がこんな人だったなんて……。
本当に面倒なことになった。




