740 リインカーネーション’10
「先生!」
私は先生の方を見る。先生はこちらを見て冷めたい瞳のまま首を横に振る。
駄目だ、ということらしい。
『喰らえ!』
アマルガム04が大きな右手を大きく振り上げる。
50パーセントのままやるしかない。
叩きつけられる右手。
響く轟音。
回避する。
力は強そうだが、速さはそれほどでもない。よく見れば躱せる。
このまま50パーセントを維持する!
『おのれ、ちょこまかと!』
梟の頭をしたアマルガム04が、わあわあと叫びながら両腕を振り回す。それは戦闘技術の欠片すら感じることが出来ない、馬鹿みたいな力任せの攻撃だった。
馬鹿みたいな攻撃だよ。
アマルガム04が転入してくる前に居た場所では戦闘訓練をやっていなかったのかもしれない。それか、力任せで何とかなる程度のレベルだったのか。だから、戦闘訓練を怠った? ありえそうだ。
アマルガム04の攻撃はとにかく力任せだ。
「えー、これが結果かー。いかんなぁ、これは。えー、いかんぞー。変身すると身につけた技術が消えるんだろうか。遺伝子操作で脳まで狂ってしまうのか? それは素体として使うにしても困るなぁ。えー、うむぅ。繊細な行動が取れなくなるなら、かなり価値は落ちるなー。これは失敗作だぞー。えー、そろそろ終わらせなさい。分かっていると思うが50パーセントのままだ。それより下げるのは良いが、えー、それ以上にすることは許可出来ないからなー。えー、この程度で損傷させる訳にはいかんからなー。こちらはこちらで、この欠点があるからなー。余所のセクションを馬鹿には出来んかぁー」
先生はもう見る価値が無いと判断したようだ。先生は私に終わらせろと命令する。
でも、どうやって終わらせよう?
熊みたいな体のアマルガム04はずいぶんと丈夫そうだ。生半可な攻撃では効きそうに無い。弾かれるか、再生するか。それともその両方か。
ナノマシーンの活性化率をあげれば一撃で粉砕することも出来るだろう。だが、それは許可されていない。それにあまり活性化し過ぎると頭が痛くなる。先生が言うには活性化率を上げ続け過ぎると自我の崩壊を引き起こし、最終的には肉体を崩壊させてしまうらしい。
……。
らしい?
いえ、私はそれを知っている。私の友人の一人が――それで体を自壊させ、ここから余所に転入することになった。その子とはもう会えないだろう。
……。
50パーセントなら問題ない。今の私なら50パーセントは余裕のある活性化率だ。70パーセント、無理をすれば80パーセントくらいまでは出せるはず。
……。
今は50パーセント。それでどうやって彼を大人しくさせるか、だ。先生が飽きている以上、早急に終わらせる必要がある。
『どうした、どうした! 逃げるだけか! これがジーンの力! 複数のジーンを持つからこそ出来る次世代の力だ!』
アマルガム04は空気が読めず、状況が分かっていないのか、こちらのことなど関係なく力任せの攻撃を続けている。
「うー、本当に何も考えて無い!」
私は繰り返される攻撃を後退しながら避け続ける。そして、その足が止まる。後ろに壁。どうやら私は追い詰められてしまったようだ。
『もう逃げられないぞ!』
熊のようなアマルガム04の巨体が先生の視界を遮っている。私の姿が隠れている。先生から見えないようにして私を叩き潰すつもりなのだろう。
これはアマルガム04が意図したことなのか、偶然なのか。
……私は意図している。
アマルガム04が大きく力を込め、大きく右手を振りかぶる。それは、こちらを一撃で戦闘不能にするであろう力を秘めていた。
ここまで追い詰められたのは――いいえ、ここまで誘導したのは狙い通り。熊の巨体が私を隠すのも狙い通り。
私は足に力を入れる。瞬間、両足だけの活性化率を80パーセント強まで引き上げる。
爆発的な力。
私は飛び上がり、そのままアマルガム04の梟のようになった頭を――その顎を80パーセントの活性化率で蹴る。
梟の頭がガクンと揺れる。
『その程度の攻撃が……が、が、が、が、がぽぁ』
アマルガム04が泡を吹き、ガクンと膝から崩れ落ちる。
良かった。
通った。
予想通り、外観――骨と皮、筋肉だけは強化されていたようだが、内臓はそのままだったようだ。外側だけのハリボテだ。
だから、こうやって脳を揺らせば、何も出来なくなる。
足の活性化率を一瞬だけ80パーセント強に引き上げたが――先生は気付いていない。ここは先生からは死角になっている。見えなかったはずだ。
「はぁ」
私はそこで大きくため息を吐く。
ただの体育の授業。しかも、どの程度の実力なのか確認するだけの戦闘訓練で本気を出してくるなんて……変わっている。
アマルガム04は変わっている。
それとも向こうではこれが普通なんだろうか。




