738 リインカーネーション’08
「遅かったじゃない」
私は声をかけてくる友人に手を振り、自分の席に着く。
「えーっと、二限目かな?」
教室の中を見回す。小休憩の時間だからか、人の姿はまばらだ。
「だねぇ、寝坊したの?」
私は首を横に振る。
「色々あったんだよ、色々」
「へー、そうだよね、色々あったんだよねー」
「もー、本当に色々あったんだから!」
友人は私が寝坊したと思っているようだ。これはしっかりと説明して分からせる必要があるだろう。
「そうそう、そういえば知ってる?」
そう考えていた私に友人がそんな風に聞いてくる。
「知らなーい」
私は友人の言葉に首を傾げる。
何があったのだろうか?
私が遅刻していた間に?
でも、ここしばらくは大きなイベントはないはずだ。何も変わらない毎日が続くはずだ。そう、聞いている。
「なんとね、今の時期に転入生がやって来るらしいの」
私は友人の言葉にもう一度首を傾げる。こてんこてんと首を傾げる。
「今の時期にぃ?」
「そう、今の時期に!」
「んー、それでその転入生は?」
私はキョロキョロと頭を動かし、その転入してきた見知らぬ姿を探す。
少年だ。
転入してくるのはきっと少年だ。
私は予感していた。
繰り返されていた退屈な日常の終わりを、刺激ある冒険の日々の始りを。
「それがね、何かのトラブルで遅れてくるんだって」
「そうなんだ」
私は思わず転けそうになる。
刺激ある冒険の日々は始まらなかった。
「寝坊したのって、また例の夢? 私なんて夢を見ないから、夢が見られるだけでも羨ましいなぁ」
「えー、そうかなぁ。でも、良く分からない夢だし、もやもやするだけだよー」
「それでも羨ましいよー。夢ってどんな感じなの? もう一度教えてよ」
「ふふん、良く聞いてくれました。また説明するよー!」
友人とたわいのない会話をする。いつものように授業を受け、練習し、訓練し――時間が過ぎていく。
そして、学校終わりのホームルームに彼はやって来た。
「えー、皆も聞いていたと思うが、彼は諸事情により、この時間になってしまったのでー、えー、今日は自己紹介をしてもらうだけで、えー、本格的に一緒に学んで貰うのは、えー、休み明けになる。えー、皆、仲良くやって欲しい。えー、それでは自己紹介をして貰えるかな?」
先生が転入生に挨拶するように促す。
私は驚いていた。
彼に見覚えが無かったからだ。
誰?
夢の中の少年じゃない。彼が現れると思っていた。夢の中の少年と出会えると思っていた。私はそんな妄想をしていた。だが、その幻想は砕かれた。
転入生は険しい目つきで睨むように教室を見回している。鋭い眼光だ。その目は、まるで見知った誰かを探しているかのようだった。
……それともこの時期の転入ということで緊張して、そういう態度になってしまっているのだろうか。
転入してきた彼は探していた人物が見当たらなかったのか、大きなため息を吐き肩を竦め、そして口を開く。ずいぶんとふてぶてしい。
「自己紹介ですか」
言葉から――声から、何処か周りを見下しているかのような雰囲気を感じる。
「えー、そうだ。自己紹介してくれるかね。えー、どうしてもこの時期だからねー。わかるだろう? えー、君が居た場所は、ああ、例の部門だったか。えー、そちらでも同じだったはずだろう? それとも向こうのセクションでは違っていたのかな?」
先生の言葉に彼は再び大きく肩を竦める。
「自己紹介なんて古くさいことを強要されるなんて、ずいぶんと遅れている……そう思っただけです。ここは情報共有がされてないんですね。リンクもせずに、と」
「えー、ああ、それもここの方針だからだ。データだけではなく、直接の会話、えー、顔と顔を合わせての付き合いだな、そういうことも大事だと、そういう方針だ。昔ながらの方式を再現することで、えー、いや、その説明は要らないな?」
「なるほど。非効率的なことを。だが、良いだろう。現地のシステムに従えというのは厳命されていることでもある。そうしろというのなら、ここの方針がそうだと言うなら、それに従いますよ」
彼はやれやれと肩を竦め、そう言いながら後ろを向く。そのまま、スクリーンパネルに自分の指をかざし、動かしていく。彼の指を追うようにスクリーンパネルに文字が灯っていく。
彼の名前だ。
スクリーンパネルに自分の名前を書き終え、彼は自信満々な様子でこちらへと振り返る。
「ここで新たに登録された名前はアマルガムだ。四番目ということだから、アマルガム04で良い」
そして、彼はそう名乗った。




