737 リインカーネーション07
夢。
これはいつもの夢だ。
(そう、いつもの……いつも見ていた夢だ)
同じ場所、同じ夢。
(同じだ。ずーっと、ずーっと、夢を見ていた。同じ夢を、いつもの夢を見ていた)
少年の影。
(少年。そう、少年だ。彼は少年だった。いつまでも少年だった)
小さな少年が、その影がこちらを見ている。
(私を見ている。私が見ている)
影。
(偽り)
幻。
(夢)
小さな少年がこちらに手を伸ばす。
(逃げない。私は逃げない)
何故?
(虚ろだったものがはっきりとしてくる。逃げない)
怖い。
(私は怖い。怖かった。全てが崩れてしまうのが、思い出してしまうのが)
少年の手が――指がこちらを指し示す。
(私? そう、私だ)
夢?
(夢。夢だけど夢じゃない)
殺意。
恐怖。
困惑。
強欲。
そして、虚栄。
(何処までも、何処までも、何処までも! 私を形作るもの、私を私にしているもの、私だったもの、私の記憶。私)
私!
そこで目覚める。
「……また、夢?」
私は夢を見ていた。いつもの夢――のはず。
……。
私は周囲を見回す。
いつもの場所。私の部屋。枕、ベッド、布団、小さい頃から使っている学習机。お気に入りの姿見。机の上に出しっ放しになっている教科書とノート。
いつもの場所。
私の居場所。
夢、夢を見ていた。
全て夢だった。
少年と機械の少女が一緒に旅をする夢。
そう、夢。
……。
「あ! 時間」
私は時計を見る。
このままだと学校に遅刻してしまう。
私は慌てて飛び起きる。
慌てて歯を磨き、着替え、リビングに走る。
「朝ご飯出来ているわよ」
声。
リビングのテーブルの上に朝食が並べられている。
白いご飯、お味噌汁、焼き魚。
朝食だ。
「うん、すぐに食べる」
私はテーブルにつき、食事をする。
朝ご飯を食べたら、また歯を磨いて、それから学校に行って……。
「よく眠れた?」
「うん。ちゃーんと眠れた。夢も見たんだよ。とてもとても、不思議な夢だったんだ」
朝ご飯を食べる。
食べている。
夢は……終わった。
夢は終わった。起きる時間だ。起きて学校に行く時間だ。
起きる……。
起きる……?
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
『起きろ!』
声が聞こえた。
懐かしい声が聞こえた。
『いつまで寝ているつもりだ』
声!
!
私はその声に目覚める。
目が覚める!
目の前には私に覆い被さった男。私の口を押さえ、手にナイフが握られている。
私を殺すつもりなのだろう。
理由は分からない。
この男が何者か分からない。
だが、殺意を感じる。
私は殺意を感じている。
殺される。
このままでは殺される。
どうする?
絶体絶命の危機。だけど、私の頭はすっきりとしている。冷静だ。
クールだ。
クールになっている。
錠剤を飲んでいないからかもしれない。あれを飲むと少しだけぼうっとしてしまう――してしまっていた。
ここ何日か錠剤を飲むことを止めていた。
だから、頭がすっきりとしている。
どうする?
状況を、今はどうなっているの?
私の両手はテープのようなものでグルグル巻きにされ、自由がきかない。でも、振り回すことくらいは出来るはずだ。
口は男の手で塞がれている。
息が……苦しい。空気が吸えない。このまま何も考えずに暴れると酸欠で動けなくなってしまうかもしれない。
足は……動く。
男は自身の体を使って私の体を押さえ付けているが、体が動かせない訳じゃない。
私は男が持っているナイフを見る。
危ないのはこのナイフ。
これが振り下ろされたら私は死ぬ。
殺される。
だけど、こんなところで、殺されてたまるか!
足は動く。
膝を立てる。背中を強く地面に押しつけ、その反動を利用するように身をよじる。その勢いのまま、私と男は横転する。
男が慌てて動く。再びこちらを押さえ付けようとしている。
男の頭を膝で蹴り飛ばし、転がるように距離をとり、飛び起きる。両手は封じられている。でも起き上がれた。
男が頭を振り、立ち上がり、ナイフを振りかぶる。
動きが見える。
振り下ろされたナイフを腕と腕の間に通し、グルグル巻きにしてあったテープを切る。これで両手は自由になった。
もう大丈夫。
私は身を捻り、軽く半回転する。そのまま襲いかかってきた男に蹴りを浴びせる。男の首がポキリと曲がる。
あ。
やり過ぎた?
……。
……ん。
その男の曲がった首から火花が飛んでいる。
配線が見える。
機械?
もしかして、この公園のガードロボット?
私はやり過ぎてしまったのだろうか。やらかしてしまったのだろうか。
私は動かなくなったロボットを引き摺り、警備員の詰め所まで走る。
……。
警備員の詰め所には誰も居ない。警備員さんは何処かに出掛けているようだ。私はそこに動かなくなったロボットを置き、その場から立ち去る。
学校。
学校は完全に遅刻だ。でも、これ以上遅くなる訳にもいかない。
警備員さんが戻ってくるのを待っている余裕は――無い。
後で謝りに来よう。
……。
あの声。
私に起きろと呼びかけた声。
聞いたことのある声だった。
誰の声だったんだろう?




