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夢。
これはいつもの夢だ。
(そう、いつもの……夢。これは夢だ)
繰り返し、繰り返し、見ている夢。
(同じだ。分かっている。分かっているよ、これはいつもの同じ夢)
小さな真っ黒い影。
(人影だ。人、人)
小さな真っ黒い影がこちらを見ている。
(小さい。少年。こちらを見ているのは少年。小さな真っ黒い影がこちらをじーっと見ている)
知っている。
(私は知っている。この少年が誰なのかを)
この影は少年。
(少年だ。少年の影だ)
影がこちらに迫る。
(逃げられない。逃げない。逃げたくない)
何故?
(何故?)
怖い。
(怖い)
影がこちらへと手を伸ばす。
(届かない手。だけど、私の命に届く手)
殺される。
死にたくない。
(死にたくないと思っていた。そこから始まった)
何故?
(何故?)
少年は私を殺す存在。
(少年という死が私を殺すために現れた)
夢。
(夢だから、きっと夢だから)
これは夢だから死なない。
(違う。殺されない)
これは夢だから殺されない。
(違う。死なない)
私は手を伸ばす。
(探していた。私は探していた。あの暗闇で私は探していた)
夢。
殺意。
恐怖。
困惑。
憤怒。
そして、歓喜。
(私は……、わた……し……は、みつ……け……)
そこで目が覚める。
「また……あの夢?」
見ていたのは夢。いつもの夢――のはず。でも、殆ど憶えていない。
さっきまでは鮮明に、夢を、夢の内容を覚えていたはずなのに、どんどんそれが消えていく。手のひらからこぼれ落ちるように記憶が、夢が、その内容が、さらさらと消えていく。
分からない。夢。繰り返し、繰り返し、何度も同じ夢を見ている理由が分からない。これは本当に夢だったのだろうか。私が見ていたものは本当に夢だったのだろうか。
分からない。
ここ最近、本当に、ここ最近になって頻繁に夢を見るようになった。
何故?
昔はこんなにも見ていなかったと思う。
……。
……。
……。
昔?
昔っていつのことだろう?
……。
……。
……。
……。
あ!
時間!
私は慌てて時計を見る。
時間ギリギリだ。
このままだと学校に遅刻してしまう!
飛び起きる。
慌てて歯を磨き、着替え、リビングに走る。
「うー、なんで起こしてくれなかったの!」
「起こしましたよ。ちゃーんと、何度も起こしたのに、そのまま二度寝、三度寝したのはあなたでしょ」
「うー」
「その、うー、うー、言うのを止めなさい。はい、朝食」
今日も錠剤を渡される。
今日も?
あれ?
「うー、また錠剤? しっかりとした朝ご飯が食べたい!」
「誰かさんが寝坊したから、そんな時間ないでしょ。朝食はこれで済ませなさい。後でお腹が空くと大変ですよ」
「うー、パンを食べる。パンを咥えて食べながら通学する。学校に行く」
「はいはい、馬鹿なことを言ってないで、早くしなさい」
私は錠剤を受け取り、口に投げ込む。そのまま鞄を取り、玄関へと走る。
「忘れ物はない?」
「ない!」
靴を履き、外に出る。
忘れ物はない。
忘れていることもない。
ない、ない、ない、ない。
学校に行こう。
通学路。
いつもの通学路。
通い慣れた通学路。
走る。
「あ! 甘太郎屋さん……じゃない?」
いつものお店があった場所。
……いつものお店?
そこにはテナント募集の張り紙がされていた。
色あせた張り紙。
昔から、そこには何も無かったかのような……うん、なかった。
何故、ここにたい焼き屋さんがあると思ったんだろう。
あれ?
大判焼きだった?
それとも今川焼き?
分からない。
ここにお店があったと思い込んでいた。
でも、実際には何も無い。
何故?
何故、そんな風に思っていたんだろう。
そうだ。
学校。
学校に行かないと……。
あれ……?
私は周囲をキョロキョロと見回す。
誰かに見られているような感じ……いや、見られている。
誰?
何処からか、誰かが私を見ている。
何故?
誰が私を?
周囲を見回す。
だけど、誰もいない。
「あ!」
私を見ていた気配がすーっと消えていく。初めから、そんなものはなかったかのように、そんなものは錯覚だったと言うように――消えた。
「遅刻!」
私は遅刻しそうだったことを思い出し、走る。
校門。
校門の門扉が閉じられようとしている。
私は走り、閉じられようとしていた門扉の隙間を抜ける。
「セーフ」
「こら! セーフじゃない。なんて危険なことをするんだ!」
「あ、えーっと、遅刻しそうだったから……」
……。
あれ?
門扉を閉める?
危険だから放課後まで校門の門扉は閉めないことになったはずだ。全校朝礼で聞いたはずだ。
はずだった……アレ?
夢でも見ていたのだろうか。
それとも私の勘違い?
あれ?
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