679 ラストガーデン50
「それで?」
俺はヴァレーたちに話しかける。ヴァレーたちは無事に生き延びてくれていた。
「なんとか……なりました」
そう、ヴァレーが答える。
課外授業は終わった。終わったと言っても中止になった訳ではない。全ての過程が終わったということだ。
ウルフ二号を含む学園の教員たちは課外授業の継続を決定。今回とは形を変えたものにはなるが、今後も課外授業は続いていくだろう。
「そうか」
「はい。途中、とても大変でしたが、なんとかなりました」
ヴァレーが少しだけ困った顔で頬を掻いている。
「へへ、そこのそいつがよぉ! 敵を引き入れたから、とーっても大変だったのさぁ!」
「大変だったんだよぉー」
そのヴァレーの言葉に猿顔のベニシオとのっぽのシープが乗っかる。二人は、拳を握りしめぷるぷると震えている眼鏡を睨むように見ていた。
「やめなよ。結果が悪かっただけでビッグス君の行動は人として尊敬が出来るものだよ」
「ヴァレー、君は……」
眼鏡が眼鏡をクイッと持ち上げ、顔を横に背ける。
「うるせーよ! こいつのせいで死にかけたんだぞ。何が人として、だ。考え無しだっただけじゃねえか」
「そうだよー。こんなのは聞いてなかったんだなー」
口に出したことで色々なことが思い出されたのか、猿顔とのっぽは酷く興奮している。ヴァレーとは違い、この二人は眼鏡を断罪したいようだ。
「何があったんだ?」
「はい。えーっと、実は……」
俺が出た後、安全地帯に引き籠もっていたヴァレーたち。しばらくは何も無かった。だが、そこで問題が起きた。助けを求めた生徒たちがやって来たというのだ。
「はい。そうなんです。戦闘になった、なんとか勝ったけど負傷している者が出た。その中には僕たちの仲間も居たって言っていたんです」
「仲間? 俺のことか」
「はい。多分、僕たちが四人になっているのを見て、だと思います」
「あいつは?」
キザったらしい少年だ。
「師匠が安全地帯を離れて、すぐに……」
「そうか」
ヴァレーとのこともあり、居心地が悪かったのだろう。
「何故、中に入れた?」
助けを呼びに来た連中? そんな怪しい奴らを中に入れるのはどうだろうか。まずはそこだろう。
「バリケードを作っていたので安全だろうということになって……、それと彼が、ここで無視したら、僕たちを追い出し見下していた上の連中と同じになってしまうと言って……」
ヴァレーはチラリと横目で眼鏡を見る。
「なるほど」
俺も眼鏡を見る。
「そいつが安全地帯を出て行って助けに行くとか言わんかったら、何事もなく終われたんや。へへ、ご立派、ご立派だけどよぉ、こっちは死ぬところだったんだぞ。そこのチビがいなけりゃあ、死んでた。ヴァレー、マシーンたちを倒してくれてありがとよ。はぁ、ビーストが混ざってたら俺たち死んでたぞ!」
「そうなんだなー。助けるって言って自分が助けられてるっておかしいんだなー」
猿顔とのっぽはずいぶんと喧嘩腰だ。
「僕は間違っていない。人として、見過ごせない! 助けを求めてきたんだ! それに僕たちの仲間も居たと言っていた。確かに、そこの彼の姿はそこに無かったし、結果として騙された。だけど! 助けないと! 危険な目に遭っている仲間を助けようって、それが悪いことなのか! 僕は、僕の! 考えを曲げ、自分だけが助かれば良いなんて人間に落ちるくらいなら! 僕は!」
眼鏡が叫ぶ。それは心の叫びなのだろう。眼鏡は、ずいぶんと高潔で崇高な考えを持っているようだ。その考え自体は悪くないだろう。
だが……、
それで罠にかかった。
仲間を危険に晒した。
結果、そうなってしまった。
……。
結果、そうなってしまっただけだ。君の考えは間違っていない。君は悪くない、眼鏡はそう言って欲しいのだろう。
「高尚な考えだ。だが、そういうのはそれを貫ける力を持ってからにするんだな」
俺は肩を竦める。
学園がそこそこ平和だったから忘れそうになるが、この世界は命が軽い。秩序も法も無い世界だ。自分が正しいと思ったことを貫きたいなら、それを成せるだけの力を持つしかない。
力で示すしか無いのだ。
……。
一緒になって危機を乗り越えたことで仲が深まるどころか溝が深まったようだ。
俺は周囲を見回す。
キザったらしい少年の姿はここにも見えない。奴は今回の課外授業では部外者だ。教員たちに見つかる前に逃げ出したのだろう。今回のことでヴァレーとの関係がどう変わったかは分からない。良い方向に変わっていれば、と思うが、いくら良かれと思ってやっていたことだったとしても、奴がやったことはろくでもないことだ。ヴァレーの心に傷を負わせただけでしかない。やったことを無かったことには出来ない。今回の課外授業には一緒に乱入してこなかった奴の子分たちのこともある。奴がこれからどうするのか? ヴァレーがどう思っているのか?
俺は改めて小柄な少年を見る。少年は何故見られているのか分からないのか不思議そうな顔で俺を見る。
「ヴァレー」
俺はヴァレーに声をかける。
「はい?」
「お疲れ、頑張ったな」
「はい!」
ヴァレーが微笑む。
◇◇◇
「悪いが、依頼は失敗した」
俺は老人の手を取り、そう答える。
「そうですか」
「すまない。イイダを助けることが出来なかった」
「姉とは出会えましたか?」
「ああ。何日かは一緒に。色々と昔話をした。だが、それだけだ。報酬だったクルマは返そう」
俺の言葉に老人――アイダは首を横に振る。
「それは師匠が使ってください。姉と師匠が出会えたなら、それで依頼は達成です。師匠、今回の依頼も成功ですよ」
アイダが皺の刻まれた顔で微笑む。
「そうか」
「そうですよ」
「それとお前の息子に会った。断罪させるためにここに連れてくるつもりだったんだが……」
「あいつは元気でしたか?」
「どうだろうな。悪の親玉みたいな立場で人を救済するとか、そういった悪事をしていたが、まぁ、元気だったとは言えるか。今は心を入れ替え、学園長として頑張っている。それを見て、連れてくるのを止めた」
俺の言葉にアイダがくすりと笑う。
「師匠、あの子の人生です。あいつももう良い年です。今更、会っても話すこともありませんよ。それに合わせる顔が無い」
「そうか? 会って腹を割って話してみれば……いや、これは俺のお節介か」
「いえ、そうですね。そうしましょう。そうするべきだった。それが必要だった」
「そうか」
「そうですよ」
「……そうか」
親と子。
俺には分からない色々なことが――あるのだろう。




