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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
かみ続けて味のしないガム

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677 ラストガーデン48

 ウルフ二号の態度が変わった。


 俺が俺だと分かったからか?


 まるで憧れの人に出会った少年のような目で俺を見ている。


「まさか、伝説のら……人に出会えるとは思いませんでしたよ。伯母とあの人が言っていたことは嘘じゃあなかったのですか。嘘じゃなかった。嘘じゃなかった……」

 ウルフ二号の声がだんだんと小さくなっていく。最後の方は口の中で呟くような聞き取れないものになっていた。


 ……この男にも何か思うところがあるのだろう。


「そうか、それで?」

「は、はは。伝説は本当だった。実在した。母とあのお方が言っていたことはなんだったのだろうか。私は分からなくなりました。私はどうすれば良かったのか。私ごときが世を正そうなんて間違っていたのだろうか」

 ウルフ二号は落ち込んだ様子でブツブツと呟き続けている。やっと自分がやったこと、やろうとしたことが、どれだけ傲慢で、どれだけ無謀で、どれだけ無意味で、どれだけ愚かで、どれだけ独り善がりでしかないか理解したのだろうか。まるで洗脳が解けたかのようだ。


 だが、もう遅い。


 やったことがなくなることはない。


「私を父のところに連れて行くつもりなのでしょう? その前に先生たちのところによって貰えないですか。私が抜けた後の指示を出したい」

 ウルフ二号は霧が晴れたかのような澄んだ目で俺を見ている。

「そのつもりだ。教員の中にお前の仲間は?」

「居ない。居ませんよ。選民思想に凝り固まった、利用させて貰った者は居る。だが、私の仲間と言えるような者たちは居ない。これから……私に賛同するなら、仲間にしようと思っていたところだった」

「そうか」

「私は物語が、英雄が活躍する物語が好きだった。その物語の主人公になりたかった。人を導き、正す、そんな英雄になりたかった。この力あるものがのさばり、好き勝手している世の中を変えたかった。秩序を取り戻したかった。弱き者を救いたかった。いつから、弱い者を導くべき存在だと思うようになったのだろうか。弱き者は愚かだと思い込むようになったのだろうか。何も考えていないと思うようになったのだろうか。正しきことのためなら、何をやっても良いと思うようになったのだろうか。私はどこで間違えたのだろうか」

 俺はウルフ二号の言葉に肩を竦める。


 何が正しいか、何が間違っているか、そんなことは分からない。


 俺は俺が気に食わないかどうか、それだけで動いている。


 それだけだ。


「大事の前には小さな犠牲がいくらあろうと構わない……などという考えはずいぶんと独り善がりなものだ、と俺はそう思う」

 偉そうに説教が出来る立場ではないが、思わず言わずにはいられなかった。本人たちが望んでいるなら話は別だ。だが、そうでないのならば――立場が上の者たちが下の者たちに犠牲を強いるのは、そんなのは俺は気に食わない。

「そうですか。英雄の言葉は重い」


 ウルフ二号は泣きそうな顔になっている。


 ……。


 間違っているとは言えない。


 だが、気に食わない。


 この世の中――今の時代には法もなければ法の番人も居ない。ただ規則(ルール)があるだけだ。だが、それすらなんとか平和に生きるために必要だから決めただけのものだ。強い力があれば無視出来るだろう。強い力の前には無意味なものだ。


 ……。


 だから、ウルフ二号は秩序を作ろうとしたのかもしれない。


 だが、結局はそれも上からの押しつけでしかなかった。


 ウルフ二号が否定しようとした者と同じことをやっていただけでしかない。


 ……そういうことなのだろう。


 そういうことだったのだろう。


 難しいものだ。


 ……。


 ……。


 ……。


 もし――


 世の中にもしは無いが、それでも、もし、このウルフ二号ともっと早く出会えていれば、こいつがこんな風になる前になんとか出来たかもしれない。無意味だと分かっていても、改めてそう思ってしまう。


 本当にそう思う。


 俺は遅すぎた。


「独り善がり。伝説の英雄が言うならそうなのでしょう。その代償の一つがこれですか」

 ウルフ二号はなくなった自分の右腕を見ている。再生薬が効いてきたのか、すでに血は止まっている。痛みももうあまりないのだろう。


 再生薬。


 たまたま俺が持っていた再生薬。


 たまたま?


 出所を調べようとのっぽな少年(シープ)から無断で借りたものだ。あの少年が持っているのはおかしい、そう思い借りたのだが……。


 今なら分かる。出所はミメラスプレンデンスだろう。奴本人ではないだろうが、奴に関わる者から受け取っていたに違いない。あの少年は――あの考え方、行動、など、潜入工作員として見るにはお粗末すぎる。ただ利用されただけだろう。ミメラスプレンデンスの仕込みの一つだったのではないだろうか。


 本当の意味で今回のゲームマスターはミメラスプレンデンスだったのだろう。


 ここまで思い通りに動かされたのだから――奴が優れたゲームマスターだったのは間違い無い。


 だが、死んでしまえば終わりだ。


 肝心の締めを本人がやるつもりだったのだろうが、死んでいてはそれも出来ない。


 優れたゲームマスターだったが、自分の死までは組み込めなかったようだ。

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