674 ラストガーデン45
何かあるかと思ったら何も無かった。
ただの小物がミメラスプレンデンスに踊らされ、馬鹿なことをやっていただけだった。
ミメラスプレンデンスは俺が必要なもの、探しているものを知っていたはずだ。それを用意し、準備を行なっていたのだろう。機械に強い七人の武器屋の子孫、俺と関わりがあったアイダとイイダ、そしてウルフ。学園という舞台。たまたまそこに人が揃っていた。俺が破壊し忘れていた獄炎のスルト。それを活用したビーストや機械の工場、実験施設。たまたま課外授業に選ばれた場所が獄炎のスルトで、たまたまそこに実験施設があった。ミメラスプレンデンスに洗脳されたウルフ二号。俺たちが課外授業に参加したタイミングでたまたま行動を起こした。遺跡に集められていた学園の出資者たち。そいつらを楽しませるためにたまたまふざけたゲームが開始された。
たまたま?
あまりにも俺に都合良く道筋が出来ている。
こんなものがたまたまであるものか。
これは全てミメラスプレンデンスの仕込みだからなのだろう。奴に俺も踊らされている気もするが――そこは深く考える必要はないのかもしれない。
俺は周囲を見回す。
いつもならこの辺りで得意気な顔でニヤニヤと笑いながらミメラスプレンデンスが出てくるところだが……。
なんの反応も無い。
誰かが現れそうな気配は――無い。
ミメラスプレンデンスがアクシードの本拠地で終わったのは間違いないだろう。
仕込みだけ終え、そこで終わった。
「たす、助けて、助けてえェ、くれェ!」
ウルフ二号が情けなく叫んでいる。
助けてと言っているが命乞いをしている訳ではないようだ。俺に助けを求めているのではないのだろう。ミメラスプレンデンスに助けを求めているのかもしれない。
「死ぬ、死んでしまう。私が、ああ、痛い。僕が死ぬ? いやだあぁぁ」
だが、誰も現れない。
ウルフ二号は血が流れ続ける右腕を抱え、止血することすら忘れ、叫んでいる。コイツは血が流れればそれを止める――止血する必要があることすら知らないのかもしれない。
……。
このままでは本当に死んでしまうだろう。
あのウルフが、ただの失血死で終わる。
……。
……。
俺は小さくため息を吐き、首を横に振る。
俺は、ウルフ二号が着ている服、その左の袖口から肩まで引き裂き、破く。その布を紐状に縒り、未だ血が流れ続けているウルフ二号の右腕を縛る。これで後は再生薬でも飲ませれば死ぬことはないだろう。
俺はウルフ二号に持っていた再生薬を無理矢理飲ませ、そのまま肩に担ぐ。喚く気力すらなくなったのかウルフ二号は静かになっている。されるがままだ。このまま運んでしまおう。それが良いだろう。
……。
……。
……。
「イイダの最後はどんなものだった?」
俺は肩に担いだウルフ二号に声をかける。再生薬が効き始めたのか、ウルフ二号は痛みで喚くこともなく静かなものだ。
答えがあるとは思っていない。ただ聞きたいから聞く、それだけだ。
さて。
とりあえず、この部屋から出ようか。
階段などは見えないため、俺が入ってきた穴から外に出るしかないだろう。俺は穴の先から下を見る。
……。
ウルフ二号を担いだまま壁を降りるのは現実的ではない。
飛び降りるしかない、か。
「……ふん、知らんよ」
ウルフ二号がぼそりと呟く。
俺はウルフ二号に反応があったことに驚く。
知らない? こいつがイイダの最後を知らない? どういうことだ?
「伯母は誰かを待っていた。ずっと待っていた。いつも険しい顔で、厳しく、ただ、待っていた。そんな伯母がここ数日は楽しそうにしていた。待つことを諦めたのだろうよ。そして、そのままだ。私に鍵を託すこともなく、私を認めることもなく、そのままだ」
「そうか」
……。
俺は下を見る。艦橋の庇が見える。あそこになら飛び降りられそうだ。
俺は艦橋の庇となっている部分に飛び降りる。
良し。
俺はそこからさらに下を見る。
かなりの高さがある。
さすがに、ここから飛び降りるのは難しいだろう。
俺はなんとかなるとしても肩に担いだウルフ二号は死んでしまうかもしれない。
「私をどうするつもりかね」
「アイダに差し出す。そのつもりだ」
俺の言葉を聞いたウルフ二号が暴れ出す。
「なんだ、と。あの人の前に私を、だと。何を考えているのかね! そんなことをされるくらいなら私はここで死ぬ。死を選ぶ」
……。
「黙っていろ。死ぬ覚悟もない奴が死を口に出すな」
俺は庇の上から足元の壁を確認する。
硬い。
かなり分厚い壁になっているのだろう。
ここに白銀の刃で穴を開けるのは無理だ。
白銀の刃が出来ることは斬ることだけだ。
穴を掘ったり、削ったりが出来る訳ではない。
艦橋を真っ二つに斬る方が、まだ出来る可能性がある。
……。
俺は足元の壁を叩き、踏む。
蹴ったり、殴ったりで壊そうと思ったら何十年もかかりそうだ。
俺は担いでいたウルフ二号をおろす。
「落ちないように気を付けろ」
俺一人なら開けた穴から戻ることも出来るだろう。後でウルフ二号を回収するか?
……。
だが、ここでウルフ二号から目を離すのは不味い気がする。
……仕方ない。
壊すしかないだろう。
俺は右のこめかみをとんとんと軽く叩く。
場所は把握。位置も問題ない。
角度計算、威力――失敗すれば俺とウルフ二号は死ぬ。
……。
失敗すれば、の話だ。
成功すれば良い。
俺は待つ。
……。
……。
……。
良し。
無限軌道をキュルキュルと唸らせ、かつてはトリコロールカラーだったクルマが甲板へと現れる。
甲板で蠢いていた機械たちを蹴散らし、こちらへと走ってくる。
クルマによる砲撃。その一撃で艦橋の壁を壊し、そこから中に入る。
これだ。




