670 ラストガーデン41
俺は周囲を見回す。仮面をつけていた視聴者たちはもれなく筋肉の化け物に変貌している。ウルフ二号とご対面する前に、ここを片付けるべきだろう。
「君はなかなか強い。だが、この数をどうするつもりかね。お仲間のクルマを待っているのかね? それが出来るとでも? お仲間のクルマ……ふむ。先ほどまで聞こえていた音がなくなったようだがね、どうなったのだろうかね?」
ウルフ二号は哀れむような顔でこちらを見ている。
俺は小さくため息を吐きながら、襲いかかってくる筋肉の化け物を処理していく。そう、これは処理だ。戦闘では無い。戦いと呼べるようなものではない。
音が聞こえなくなった?
その理由が分からないのだろうか。
壊すべきものは壊した。それだけだ。
階下での破壊が終わったからだと分からないのだろうか。ああ、なるほど。このウルフ二号が呼んだ警備用の機械が処理したからだと思っているのか。
自分に都合が良いように考えるとは……認めたくないのだろうか。
「それで? さっきから、かねかねとうるさいようだが、これで終わりなのかね」
俺は襲いかかってきた最後の一人を白銀の刃で真っ二つにする。
このウルフ二号は身体能力を生かして力任せに暴れるだけの化け物程度で何をしようというのだろうか。こんなものがいくら集まろうが、武装した熟練のクロウズには勝てないだろう。俺レベルではなくとも鬼灯や、それこそ最前線で戦っていたクロウズなら余裕で処理してしまうだろう。武器を持っていない想定なのだろうか?
このウルフ二号はクロウズを舐めすぎている。まともに戦ったことがないのだろう。多くのものたちに守られ、ぬくぬくと育ったのではないだろうか。だから、この程度の力で世界を支配出来るなどという幻想が見られるのだろう。
俺は小さくため息を吐く。まだウルフ一号の方がクロウズとして戦っていただけ、その辺りのことを分かっていた。ただの盗人でクソ野郎だったが、戦いを知っていた。こんな舐めた真似はしなかった。あいつは、偽りに満ちていても、最低限の力は持っていた。でなければ他のクロウズたちが英雄と認めなかっただろう。
逃げ時を見極める上手さだけは俺でも勝てなかった。
……。
このウルフ二号は――姿形はよく似ている。同じ名前、その声も、その姿も、奴とそっくりだ。だが、こいつはウルフではない。スピードマスターからクルマを奪い、俺からも奪い、そして逃げ続け、英雄としての地位を手に入れた――結局、奴が老いるまで倒すことが出来なかった、あのウルフではない。
俺は顔を上げ目を閉じる。
……。
……。
……。
「ふむ。失敗作程度では君を止められない、か。さすがはあの二人が呼んだだけはあるね。君はそうだ……戦闘能力だけを見て、それを重要視するような古い時代を生きた、あの二人が好きそうなタイプだ。君みたいな戦闘能力だけの者を送り込む、か。未だ、あの二人は私を認めない、認めるつもりはないようだ。私はこれだけのことをやっている。これだけのことが出来るというのに、だ。血のつながりよりも……はぁ、いや、まぁいい。君の戦闘能力は高い。だが、それでどうするというのかね。まだ終わりではないのだよ。ここにはまだまだまだまだッ! いくらでもマシーンもビーストも! いくらでも私の手駒はあるのだよ。残っているのだからね。まさか、ここには来ないと思っているのかね。それは間違いだ。最後の晩餐は静かな方が良いだろう? だから、ビーストやマシーンを来ないようにしていたのだよ。ここは安全地帯ではない。私の命令一つで、呼び寄せることが出来る」
ウルフ二号が何か言っている。
「ん? 何か言ったか?」
俺は上を向いていた顔をおろし、目を開け、ウルフ二号を見る。
こいつはウルフであって、ウルフではない。
別人だ。
声、姿形が似ているから勘違いしそうになるが、別人だ。
「なぁ、おい、転入生どうするよぉ。ここにビーストやマシーンが殺到するってよぉ、死ぬ、今度こそ死ぬ。言われるがまま、ここに来たのは間違いだった。断固拒否するべきだった。日頃の行いでセーフだと思ったのに、ああ、二転三転。こんなところで終わりかよぉ。転入生、あんたが強いのは分かるけど、どうするよぉ? 外に居たようなのが、山ほど来たら死が目前でオダブツだってばよぉ」
「仏を知っているのか?」
「ん? ホトケ? なんのこと?」
「そうか、知らないなら気にするな。ありがたい言葉を唱えれば、心が救われる、そんな時代があったというだけだ」
俺は肩を竦める。
「なんと! そんな言葉があるのか。教えてくれ。家に戻った時に伝説のお客様と遭遇したら唱えるから! って、あー、その前に、今、この、これ、今、なんとかしないと。まだ死にたくない! 死にたくないんだよぉ」
「大丈夫だ。そうなる前に終わらせる」
俺は天井を見る。
ずいぶんと高い天井だ。
ウルフ二号はこの上だ。
そこに行く方法があるはずなのだが、何処にも見当たらない。ウルフ二号は、そこに閉じ込められ、出られなくなって仕方なく生活している――という訳ではないだろう。必ず何かあるはずだ。
……。
いや、この方が……探すよりも、早いか。
俺は壁の方まで歩く。
この辺りか?
ここの壁が一番薄いだろう。
俺は白銀の刃で壁をくり抜く。
「ぎゃー、外が見える。まさか、ここから飛び降りて逃げるのかよぉ。さすがにこの高さは、死ぬ! 落ちたら死ぬ!」
ポニーテールの少年が俺の開けた穴から顔を覗かせ、下を見て叫んでいる。俺は小さくため息を吐く。
「行ってくる。ここで待ってろ」
俺は開けた穴から外に出る。
面倒だが、壁を伝って上に行こう。
隠された階段を探すよりもこの方が早い。




