669 ラストガーデン40
「な、なんのことだ。君は何を言っている?」
俺はため息を吐き、肩を竦める。
「分からないのか? お前は世界のカラクリとやらが分かっているのだろう?」
遺跡が揺れる。
クルマが攻撃を続けているのだから当然だろう。
「何が起きている。これはどういうことだね?」
ウルフ二号は何が起きているのか分からないのか、キョロキョロと周囲を見回している。
「まだ分からないのか。お前が遊んでいた最下層の実験施設を壊しているのさ」
「馬鹿な。そんなことが出来るはずがない。君は何を言っているのかね!」
ウルフ二号は大きく目を見開き、怒りを露わにしている。
俺はウルフ二号のそんな間抜けな姿に、情けなさから来る大きなため息を吐き、肩を竦める。
「本当に分からないのか? ああ、そういえば、あのエリアには監視カメラがなかったか。どうやら、本当に分からないようだ」
「君は何を言っている! 何を言っているのかね! 早く説明しなさい!」
俺は肩を竦めたまま答える。
「言っただろう? 最下層の実験施設を壊している、と。今も破壊活動をしている、それだけだ」
「ば、馬鹿なことを言うな! あの煉獄の門を抜けられるはずがない。私はね、子どものそんな戯れ言には騙されないのだよ!」
煉獄の門……?
実験施設のあるエリアを隔離している扉のことだろうか。
なるほど。
「煉獄? あれにそんな恥ずかしい名前を付けているのか。確かに頑丈そうな扉だった。生半可な砲撃では壊すことは出来ないだろう。お前がその扉への信頼から俺の言っていることを信じることが出来ないのも、まぁ、分かる。だが、どんなに頑丈だろうと、扉は扉だ。開けてしまえば良い」
「開ける? 君ね、馬鹿なことを言うんじゃないよ。煉獄の門は簡単に開けることが出来ないからこそ、煉獄なのだからね。なるほど、そういうことかね。君はカマをかけているのだね。この遺跡を無作為に攻撃し、私の不安を煽り、その言葉で煉獄の門を開けさせようとしている。そういうことなのだね。だが、無駄だ。君はあの扉の向こうを実験施設と言った。まぁ、君のようなものが想像しそうな――考えそうなことだ。実験施設? ふぁふぁふぁ、あの先にあるのは楽園だよ。この世界という地獄と楽園を隔てる門、それが煉獄の門。あの先にあるものこそが真の……最後の楽園だよ」
ウルフ二号は得意気な顔でそんなことを言っている。
俺は何度目になるか分からないため息を吐く。
「そうか。お前の中ではそれが真実なのかもしれないな。だが、少しは勘弁してくれ。俺はお前が小物過ぎて笑いを堪えるのに苦労してしまう」
「下で暴れているのは君のお仲間か。悪いがこれ以上、暴れて貰う訳にはいかない。頑丈な遺跡だが、万が一もあるだろうからね。警備用の機械を呼ばせてもらう」
「そうか。その警備の機械とやらがクルマ相手にどれだけ戦えるか楽しみだな」
俺はそう言いながら肩を竦める。
「クルマ? それが君の自信の源かね。確かにクルマを持った仲間が居るのは心強いだろうね。だが、君は世間を知らなすぎる。クルマも万能ではないのだよ。そして!」
ウルフ二号は余裕のある表情でニヤリ笑い、指をパチンと鳴らす。その音に合わせ、動かなくなっていた仮面の視聴者たちが苦しみ出す。
身を抱え、うずくまり、そして弾ける。
破れた服の下から筋肉が盛り上がっていく。はち切れんばかりの上腕、太もも――筋肉の鎧を身に纏った化け物が生まれようとしている。
「どうかね。ビーストの因子と組み合わせた強化人間だよ。性能は申し分ないのだが、いかんせん自我を保つことが出来なくてね。まだ目についたものを破壊することしか出来ないのだよ。そこさえ改善出来れば世界のために戦う尖兵として使えそうなのだがね。改良の余地が多い、可能性の塊だよ」
そして、筋肉の化け物が誕生した。
俺は分かりやすくウルフ二号に見えるように大きなため息を吐く。
「さっきまでの長話はこいつらが発芽するまでの時間稼ぎか」
「その通り。良く分かったね。君も賢いじゃないか」
「それで? これが奥の手のつもりなのか? まさか、ミュータント以下のものを自慢されるとは思わなかった。いくら旧時代よりも科学のレベルが落ちているからって、これはあまりにもお粗末すぎて笑えない」
「それが君の遺言かね」
ウルフ二号は俺を見てニヤニヤと笑っている。俺はため息を吐きそうになり、それを我慢する。
「ば、化け物が! 大丈夫なのかよ!」
いつの間にか俺の後ろに来ていたポニーテールの少年がそんなことを言っている。
「大丈夫だ、問題ない」
「こ、これ、あの並んでいる料理を食べたから、こうなったんだよな? そういうことだよな? 良かったぁ。お腹が空いていたから手を出そうか迷っていたんだよぉ。助かったぁ。これ、日頃の行いか? そうだよな? な?」
ポニーテールの少年はのんきにそんなことを言っている。意外と肝が太いのかもしれない。
頭が筋肉に埋まったような化け物が無言で襲いかかってくる。どうやら、目についたものに襲いかかるという言葉は本当だったようだ。
俺は左手を振るう。
白銀の刃がきらめき、筋肉はバラバラになる。
こんなものがいくら襲いかかってこようと俺の敵ではない。後ろの少年を守りながらでも余裕だろう。
クルマの遠隔操作を行ない、やっている最下層の破壊活動も順調だ。ウルフ二号ご自慢の煉獄の門とやらだが、外からは無理でも中からは簡単に開くようだったので、ちょっと簡単な仕掛けをしていた。
壊すことは無理でも開ければ良い。扉なのだから開ければ良いのだ。
本当はもっと後に、課外授業とやらが終わった後にゆっくりと破壊しようと思っていたのだが、今のような美味しい状況を逃す訳にはいかない。
という訳で早速、壊している。
……。
ここはもう終わりだ。
このくだらない茶番も終わりだ。
今、俺の目の前に立っているウルフ二号は映像でしかないが、本物が上に居ることは分かっている。
そろそろご本人とご対面するべきだろう。




