668 ラストガーデン39
「この遺跡が元々なんだったか分かるかね? 君には想像も出来ないだろう」
ウルフジュニアか。いや、孫なのだからウルフ三世になるのだろうか。分かりやすくウルフ二号と呼んだら良いか。
……。
まあいい。そんなことはどうでも良いだろう。
初代ウルフもずいぶんと頭の悪そうな輩だったが、こいつはこいつで違う方向に頭が悪そうだ。本来の学園長であるイイダを閉じ込め、自分が学園長のフリをして、こんな馬鹿げたゲームを開催する。ウルフ一族は救いようのない馬鹿の集まりなのだろう。
「それで? 何が言いたい?」
「君はずいぶんと戦うことが得意なようだ。だから、まぁ、そんな傲った態度なのだろうね。君は、上には上が居ると知り、もっと謙虚に生きるべきだ。力では何も解決しないよ。そうそう、それと目上を敬うことも忘れてはいけない」
俺は尊大な態度でこちらに説教をするウルフを見て大きくため息を吐く。このウルフ一族は本当にどうしようもない。
何故、自分の方が上だと思えるのか。
何故、自分だけは大丈夫だと思えるのか。
今さっき、偉そうにしていたゲームメイカーが瞬殺されたのに、もうそのことを忘れているのだろうか。それとも、こいつからすれば、ゲームメイカーごときはいくらでも代わりがあるどうでも良い存在なのだろうか。
偉そうにふんぞり返っていた視聴者の連中も死んでいるのに、それが分からないのだろうか。
傲慢に振舞っても事態を好転できる奥の手でも隠し持っているのだろうか。
分からない。
俺にはこいつの余裕が分からない。
「それで? カラクリとはなんだ?」
俺は先ほどこいつが言っていた愉快な言葉の意味を聞き返してみる。
「言ったことが分からなかったのかね。この世界は支配されるべきなのだよ。力によって支配し、失われた秩序を取り戻す。ここは人に残された最後の庭園。植え、作り、増やし……ここから始めるのだよ」
ウルフ二号は愉快なことを言っている。
良く分からないが、力を持って世界を支配することが世の中のカラクリだと言いたいのだろうか。良く分からないが。
俺は大きくため息を吐く。馬鹿に関わるとため息しか出てこなくなってしまう。
「それで?」
俺は手に持ったナイフを投げ放つ。
仮面の男の一人が倒れる。
「また一人倒れたようだが、支配する力とやらはこの程度なのか? どんなに権力を持とうが死ねば終わりだ。ただの力の前には無力だ」
俺の言葉を聞いたウルフ二号がニヤリと口角を上げる。
「なるほど。私の言っていることが分からないようだね」
俺は再びナイフを投げ、また一人仮面の視聴者を殺す。
「それで? お前のお仲間がどんどん減っているようだが?」
「なんと愚かなことか。確かに彼らには学園に出資をしていただいていた。私の大切な仲間だ。だがね、それだけだ。彼らはそれだけなのだよ。私たちに必要な、本当の要人をこんなその他大勢と一緒にしておくと思うかね?」
ウルフ二号は笑いながらそんなことを言っている。
……。
俺は小さくため息を吐く。
先ほどまで大騒ぎしていた連中が静かになっている。俺とこのウルフ二号の会話を聞いているはずなのに、何も反応していない。普通ならば、大騒ぎするか、ウルフ二号に、どうなっているのか、と詰め寄っていてもおかしくないはずだ。
まるで糸の切れた人形のように静かに――動かなくなっている。
では、こいつらは偽物だったのか? 人形が人間のフリをしていたのか? というとそういう訳ではないだろう。間違い無く人の反応だった。
さっきまでの反応は本物だったはずだ。
俺はテーブルの上を見る。
「料理か」
飲み物なのか料理なのか、そのどちらなのかもしれないが、その中に混ぜ物をしていたのだろう。
そして、俺は天井を見る。
そういうことか。
俺は手に持ったフォークをウルフ二号へと投げ放つ。ウルフ二号は避けない。
俺が投げ放ったフォークはウルフ二号をすり抜け、その後ろの壁に刺さった。予想通り、こいつはここに居ない。ここに立っているこいつはただのリアルな映像に過ぎない。
「それで? 簡単に使い捨てるんだな」
俺は肩を竦める。
俺の言葉にウルフ二号が笑う。
「彼らには、もう充分に出資してもらったからね。私たちの計画は始まったのだよ。計画に邪魔になる彼らには、最後の晩餐として、ここで楽しんで貰っていたのだよ」
「それはそれは、なんともまぁ」
なんともまぁ、小物な行動だろうか。自分がいかにもな悪役をやっていることに気付いていないのだろうか。ゲームや小説を知らない、この時代の人間にそれを分かれというのは難しい、か。
「どのみち、処分するつもりだったのだよ。それが少し早くなってしまっただけだね」
ウルフ二号は気取った様子でそんなことを言っている。
「仲間を切り捨てるようでは……そんな組織に未来はない」
「この程度の連中が私たちの崇高な計画を理解出来るとでも? 自分たちの立場に固執し、保身で動くような俗物は未来の世界に必要ないのだよ。必要なのは優秀な子どもたちと、その指導者だけだからね」
ウルフ二号は自分の言葉に酔っている。
「そんなことまで俺に喋って良いのか?」
「ああ、そうだね。私は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。だから、ついつい喋りすぎてしまったようだ。ふふふ、だが、ここまで聞いた君を、君たちをここから生きて返すとおもうかね?」
俺は後ろを見る。ポニーテールの少年は事態について行けてないのか、オロオロとしているだけだ。これが普通の反応なのかもしれない。
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。
「アイダやイイダから俺のことを聞いてなかったのか?」
「なんだ。君はあの人からの刺客だったのかね。だが、あの人もこんな子どもをよこすなんて困ったものだ。その名前を出せば逃がして貰えると思ったのかね。無駄だよ。これは崇高な、そう私に与えられた使命なのだから!」
ウルフ二号は面白いことを言っている。
面白すぎて笑えない。
「そうか。確か、この遺跡が元はなんだったか、と言っていたな」
「どうしたのかね。それが気になるのかね。疑問を持ちながら死ぬのは、少しかわいそうか。まあ教えても良いのだが……」
「獄炎のスルト。機械の生産工場があったんだろう?」
「な? 何を言って……」
俺は手を上げる。
それに合わせ、地下から大きな音が響く。
「悪いが、地下の工場は破壊させてもらう。もうこの時代には必要の無い物だ」




