667 ラストガーデン38
俺は壊れた壁を抜ける前に振り返る。そこではポニーテールの少年が驚いた表情のまま固まっていた。未だ状況が飲み込めていないのだろう。俺は小さくため息を吐き、壊れた壁を抜ける。
そのまま眼帯をした司会の男の元へと、ゆっくりと歩いていく。
奥でゆったりと楽しんでいた観戦者たちがざわざわと騒ぎ出す。
「お、い。入ってきたぞ。大丈夫なのか?」
「これも演出なのかしら」
「確かに迫力ある演出だ」
「しかし、これはやり過ぎだろう」
「ああ、過剰演出だ」
「あんなのが近くに来るなんて気分が悪い。こんなことが続くなら色々と考える必要がある」
部屋の奥で観戦していた連中は未だのんきなことを言っている。
俺は大きくため息を吐く。
「それで?」
「これは予想外でした」
驚きから立ち直った眼帯をした司会の男が肩を竦め、そんなことを言っている。
「何を予想していたのか知らないが、そろそろ終わらせて良いか?」
「良いんですか?」
眼帯をした司会の男がニヤニヤと笑いながらこちらに歩いてくる。俺は肩を竦め、足を止める。眼帯をした司会の男がこちらのすぐ側まで近寄り、俺の耳元で囁く。
「端末がないので気付くのが遅れましたが、あなた、学園の生徒ですよね?」
「それが?」
「良いのですか? 学園を退学にすることも出来ますよ? あの奥に居られる方々は、お前では一生かかっても会うことも出来ない高貴な方々です。その意味が、その力が分かりますか? お前が学園を辞めたとしても、その後、まともな生活をおくれなくなりますよ。死ぬよりも辛い目に遭いますよ? 仕事も出来なくなるでしょう。ゴールドを、いえ、コイルを稼ぐことも出来ません。今、持っているものも使えないでしょう。使えなくなる。お前は多くの施設が出入り禁止になる。どこのお店でも買い物が出来ない。食事も買えない。水の一滴すら飲めなくなりますよ? お前の身内も、親も兄弟も、親しい人も、お前と同じになるでしょう。分かりますか? 想像できますか? あの方々には、それだけの力があります」
俺は眼帯をした司会の男の言葉に何度目になるのか分からないため息を吐く。
「それで? 俺にどうしろと?」
「遺跡に戻って、ゲーム……いえ、課外授業を続けなさい」
眼帯をした司会の男のささやき声に俺は肩を竦める。
「そうやってあいつらを楽しませて死ね、と」
「今ならまだゲームの演出としておさめることが出来ます。お前はなかなか優秀なようだ。お前の実力なら、このゲーム、ごほん、課外授業でしたか。お前だけなら生き延びることも可能でしょう。その後、外の役立たずの代わりに、私たちがお前を雇っても良いですよ。ふふふ、学園の戦力として、私たちと一緒に働けますよ。お前のようなものが私たちの側に立てるチャンスですよ」
眼帯をした司会の男は良く分からないことを言っている。予想外の事態に脳の処理が追いついてないのだろう。
要は俺を雇いたいという話だろう。予想外の実力を見せられ、味方に引き入れた方が得策だ、と思ったのだろう。
臨機応変に対応しているとも言えるが、なんともまぁ、行き当たりばったりな……。
この男、分かっていたがゲームメイカーとして三流以下だ。
これ以上話を聞く価値も無いだろう。
「話にならない」
俺は眼帯をした司会の男の頭を掴み、そのまま捻る。眼帯をした司会の男の頭がくるりと逆方向に回る。
「え?」
それが眼帯をした司会の男の最後の言葉だった。一瞬過ぎて自分が死んだことも理解出来なかっただろう。
頭を反転させた司会の男がどさりと崩れ落ちる。
……。
一瞬の間を置き、大きな悲鳴が上がる。
「ひ、ひぃぃぃ、殺した。殺したぞ!」
「なんだ、あの小さい化け物は!」
「安全だと聞いていたから来たのにどうなってる!」
「これは学園の怠慢だ! 今後の出資については考えさせて貰う!」
「こんなところ来たくなかったのに!」
「はやく、あれを追い出せ!」
「どうなっている。警備は? 警備は、どうした!」
奥の仮面の連中は未だのんきなことを言っている。
「それで? お前たちもこうなるだけだ」
俺は状況が良く分かるように眼帯をした司会の男を連中の方へと放り投げる。
「な、なんのつもりだ!」
「ゴールドならいくらでも出す。だから、退きたまへ」
「君は何をやっているのか分かっているのか! 私を誰だと思っている!」
俺は肩を竦め、テーブルまでゆっくりと歩き、そこにあったフォークを取る。そのまま一番偉そうにしていた男へと投げ放つ。仮面の男の眉間にフォークが深々と刺さり、血が飛ぶ。仮面の男が眉間にフォークを刺したまま倒れる。
「それで?」
仮面をした連中が騒ぎ、悲鳴を上げ、ここから逃げようと動き出す。だが、こいつらはここから出ることは出来ない。エレベーターは潰している。唯一の逃げ道である階段は俺が通さない。逃げ道は無い。
仮面の男の一人が走って俺の横を抜けようとする。俺はその男を捕まえ、奥へと投げ戻す。
「逃がすと思うか?」
ここは通さない。
「人殺し!」
「こんなこと許されると思うか!」
「な、何をやっているか分かっているのか!」
「私が死ねば世界にどれだけの損失が出ると思っている!」
仮面の連中は好き勝手なことを言っている。俺は肩を竦め、テーブルの上にあったナイフやフォークを拾う。
「何をするつもりだ!」
「きゃあああああ!」
「私だけは助けてくれ。家族が待っているんだ」
「ゴールドか? コイルか? どちらでも君の好きなだけ渡そう。だから助けてくれ」
「わ、私も出そう」
「ぼ、僕は無理矢理連れて来られただけだ。こんなところには来たくなかったんだ!」
俺は連中の言い訳を聞き流し、ナイフを投げる。
「それで? 悪いがゴールドにもコイルにも興味は無い。次」
俺はナイフを投げる。
「それで? 無理矢理連れて来られて、楽しくゲームを観戦か。次」
俺はフォークを投げ放つ。
「それで? 学園の生徒がゲームで無残に殺されるのは良くてお前たちが殺されるのは良くない、と? 次」
俺はナイフを投げ放つ。
「それで? 学園の生徒に家族は居ないとでも? 次」
俺はスプーンを投げ放つ。
「それで? 下々の者とは命の価値が違うと言いたいのか? 確かにそうだ。お前らの命は無価値だな」
俺はナイフを投げ放つ。
次々と仮面の連中が倒れていく。
そんな中、一人の男が仮面を取り、怯え、震えている連中の前に立つ。見覚えのある顔だ。
「その程度で止めておきなさい。君は……あの時の少年、転入生だったか。君は何をしているか分かっているのかね。世界を終わらせたいのか?」
その男は何やら面白いことを言い始めた。
「世界?」
「この世界だけで生きている君には分からないか。この現実世界における真のカラクリが」
男はため息を吐きながら、おかしなことを言っている。
「どうした? 恐怖で頭でもおかしくなったのか?」
俺は自分の頭を軽く叩き、頭は大丈夫か、と伝える。
「かつてこの世界は管理者によって支配されていた。知らなかっただろう? 君のような子どもは知らなくて当然だね。それは秩序ある平和な世界だったのだよ。だが、その支配は突如、崩壊した。そう、崩壊したのだ。君たちは気付いていないかもしれない。子どもたちが気付かないよう私たち大人が頑張っているからね。それでも限界はある。仮初めの秩序は壊れようとしている。だから、力が必要なのだ」
男――学園長を名乗っていた男、ウルフはそんなことを言いだした。
なるほど。こいつがゲームマスターか。




