664 ラストガーデン35
棒人間のような機械たちの波に飲み込まれようとしている生徒の元へ、俺は走る。生徒の方に棒人間どもが集まってくれているおかげで、ある程度までは簡単に近寄ることが出来るだろう。
集まっている棒人間の頭を掴み、飛び上がる。そのまま棒人間を蹴り飛ばしながら生徒の元へと走る。俺が辿り着いた時には、棒人間がその生徒の体に絡みつき、締め上げているところだった。生徒の顔が青くなっている。このままでは死んでしまうだろう。
俺は小さくため息を吐き、持っていたナイフを口に咥え、右腕を獣化させる。そのまま力任せに生徒から棒人間を引き剥がす。そして、右腕を振り回し、こちらに集まってきていた棒人間たちを吹き飛ばし、ちょっとした隙間を作る。獣化は結構なカロリーを消費する。後でかなりお腹が空くのだが、今の俺は食料を何も持っていない。我慢するしか無いだろう。この助けた少年が食料を持っていれば良いのだが……期待するだけ無駄だろう。
俺は右腕を元に戻し、意識を失った少年を抱え、走る。わらわらと集まってきた棒人間たちを蹴り飛ばし、飛び上がり、そのまま集まってきていた集団の波を抜ける。
機械たちが近寄らない安全地帯――艦橋の入り口近くまで走り抜ける。
俺はそこで一息つく。これでとりあえず安全だ。
俺は抱えていた少年をおろし、壁にもたれかからせる。そんなことをやっているとサングラスのボディーガードの一人がこちらに歩いてきた。サングラスをしているのは眩しくないようにだろうか? 外の立ち仕事だ。日差し避けのためだろうか。それとも視線が分からないようにするためだろうか?
「言ったはずだ。ここは立ち入り禁止だ。ただちに立ち去れ」
サングラス男はそんなことを言っている。
俺は肩を竦める。
「こいつが目を覚ますまで待ってくれ」
俺は壁にもたれかからせた少年を見る。ポニーテールのような髪型をした侍のような少年だ。現時点でも安全な場所に辿り着けず、学園から借りた武器を使っている――この少年も下民と呼ばれる立場で間違い無いだろう。同じクラスの、俺たちのグループより先にこの遺跡に入った一人だとは思うのだが、どうにもあまり覚えがない。俺がヴァレー以外に興味が無かったからだろう。
「駄目だ」
サングラスの男はそれだけ言うとこちらに殴りかかってきた。俺はその拳を掴み、引き倒そうとする。だが、動かない。まるで大地に根でも張っているかのようにビクともしない。
「無駄だ」
サングラスの男のそんな言葉を俺は聞き流し、膝裏を蹴る。だが、蹴った俺の足の方がはね返される。まるで鉄か何かを蹴ったかのような感触だ。
こいつ人か?
いや、人で間違い無いはずだ。
もしかすると全身を機械化しているのかもしれない。
俺は小さく飛び退き、拳を構える。
「警告はした」
サングラスの男が俺に掴みかかってくる。俺はその手を避け、サングラスの男のボディに拳を叩き込む。まるで鉄でも殴っているかのように硬い。俺の拳の方が潰れそうだ。
だが、
俺は、そのまま左、右と拳を叩き付け、サングラスの男の注意を下に向けさせる。そうやって下がってきた顎にアッパーを叩きつける。
……。
……。
だが、ビクともしない。顔面も金属のようだ。頭を揺らすことすら出来ない。
ガワが硬いのは理解した。
では、中はどうだ?
俺は素早く後方へと飛び退き、右手でナイフを持ち直す。そのまま右のこめかみを軽く叩き、サングラスの男を見る。
なるほど。
「そんなナイフで何を……」
俺は間抜けにもしゃべり始めたサングラスの男の口の中にナイフを投げ放つ。サングラスの男の口内にナイフが刺さる。
口内ならどうだ?
だが、サングラスの男は何事も無かったように口内に刺さったナイフを噛み砕く。そのまま、こちらへと掴みかかってくる。
……。
「良いナイフだったんだが」
ここでナイフとお別れになるとは思わなかった。課外授業が終わった後、弁償をしないといけなくなってしまった。
やれやれだ。
「無駄だ」
サングラスの男は口からナイフの破片を吐き出し、そんなことを言っている。
俺は小さくため息を吐く。
一見すると全身が金属の塊で機械のようなサングラスの男だが、もちろん機械ではない。人造人間とも違う。ただ、肉体を金属に取り替え、強化しているだけの人間だ。強化人間と言ったところだろうか。
一歩踏み込む。
サングラスの男は自分の体に自信を持っているのだろう。
その無防備なボディに掌底を放つ。
「無駄だ」
サングラスの男はその言葉を遺言に、その場に崩れ落ちた。
中身が人間なのは分かっている。
人間型の金属鎧を着ているだけと言えば分かりやすいだろうか。その中身まで衝撃を浸透させ、破裂させてしまえば殺すことは簡単だ。
「ああ、無駄だったな」
俺はため息を吐き、肩を竦める。
サングラスの男が倒されたことに気付いているはずだが、もう一人の動く気配が無い。入り口を守ることを優先しているようだ。
……。
俺はポニーテールの少年を見る。ここなら安全だろう。とりあえず、ここに置いて行くか。
俺は入り口を守っているサングラスの男のところへ歩いていく。
「止まれ」
サングラスの男がそんなことを言っている。俺は肩を竦める。
「悪いが中に用がある」
「会場には重要なお客様が多く来られている。お前のような者を通す訳にはいかない」
……。
俺はサングラスの男の言葉に思わず大きく目を見開き、驚いてしまう。そのまま顔に手をあて笑う。
「馬鹿なのか? 間抜けなのか? こんな近くに来ていたのか。まさか、近くの方が臨場感があるとか、そんな間抜けな理由か? 自分たちは絶対安全だと思っているのか?」
ゲームメイカーやゲームマスターだけでなく、視聴者もここに居る、だと。
俺は艦橋を見る。多くの反応がある。サングラスの男の言葉に間違いは無かったようだ。
どうやってゲームの視聴者を探そうかと思っていたが、その必要は無くなった。しかも、おあつらえ向きに入り口が一つしか無い場所に引き籠もってくれている。
「排除する」
サングラスの男がそんなことを言っている。
「ああ、そうだ。排除しよう」
俺は左腕にしまっていた白銀の刃を引き抜く。
隠す必要がなくなった。
後は追い詰めるだけだ。奥の手を隠す必要は無い。
ただ潰すだけだ。
まずは目の前の雑魚から処理をしようか。




