066 賞金稼ぎ03――「死ね」
眼鏡の受付嬢に案内されたのは……食堂らしき部屋だった。だが、そこに居るのはおっさんとドレッドへアーの女だけだった。
「なんだよ、お前も来たのかよ」
こちらに気付いたおっさんが良く分からない骨付き肉を囓りながら話しかけてくる。
「あ? お前もこっちに来たのかよ」
リスのように頬を膨らませたドレッドへアーの女が食べ物を飛び散らせながら喋る。喋るか食べるかどちらかにしてくれ。一日、ろくにご飯を食べていなかったから死ぬほどお腹が空いているだろうことは分かるが、もう少し上品に食べて欲しいものだ。
「ガム君も席について、遠慮無くどうぞ」
ここまで案内してくれた眼鏡の受付嬢が俺に微笑みかける。
『何故、この受付嬢は俺を君付けで呼ぶんだろうな』
『ふふん。包容力を見せて依存させようとしているからでしょ。お前が幼い子どもに見えているんだから、無能すぎ』
『人工知能の世界も大変だな』
左手で空いている椅子を引き、俺も席に着く。
「おい、このテーブルの上の飯は好きなだけ食べて良いらしいぜ。しかも俺たちだけの貸し切りだ」
おっさんが得意気に教えてくれる。そして、そんなおっさんを見て眼鏡の受付嬢が苦笑していた。
「私がガム君に説明しようと思っていたのに、ネシベさん先に言われては困ります」
眼鏡の受付嬢のそんな言葉を聞いたおっさんは照れたように頭を掻いていた。なるほど、上手いものだ。
とりあえず俺も食事をしよう。まさか、この並べられている食事に毒が盛られているなんてことも無いだろう。
『ふふん。半端な毒程度でお前がどうにかなるって思ってるのぉ?』
まずは適当なスープでも飲もうかと、右手でスプーンを握る。だが、その手が震え、スプーンを落としてしまう。
ちっ、手に力が入らない。まだ上手くくっついていないようだ。
「ガムさん、大丈夫ですか?」
とてもこちらを心配しているような様子でセラフが俺の顔を覗き込んでくる。
『ふふん。私が食べさせてあげようかしら?』
その手には新しいスプーンが握られている。
「死ね」
『死ね』
何がガムさんだ。心の中でも死ねと念じておく。今は何を思っているのか協力的だが、セラフは俺の味方ではない。それを忘れては駄目だ。
『ふふん。動揺して本音と逆になってる』
『いや、どっちも死ねって言ってるだろう』
こいつは何を言い始めているのだろうか。
「おいおい、小僧。照れているのか知らないが、そこの美人のねえちゃんの親切を無駄にしたら駄目だぜ。今は分からないだろうが、それは子どもだから許されていることなんだぞ。大人になるとな、相手にされなくなって……」
おっさんは何か良く分からないことを語りだし、その自分の言葉で感極まったのか泣きそうになっていた。
「ああ、うっぜ。飯が不味くなるっての」
おっさんの言葉を聞いて嫌そうに顔をしかめたドレッドへアーの女がそんなことを言いながら口にものを詰め込み続けていた。こいつは食い溜めとか出来る体質なのだろうか。
「皆さん、お食事中ですが、私の話を聞いてください」
そんなやり取りの途中で眼鏡の受付嬢が喋り出す。
「お腹いっぱいになって眠くなってくる前に今後の予定をお伝えします。三日後に他の合格したグループと合同でクロウズについての説明会を行います。それまで自由行動です。今回は特別にこのオフィスでの寝泊まりを許可します。もちろん無料です。この食事ほどではありませんが、簡単な食事も出します。そのことについて何か質問はありますか?」
眼鏡の受付嬢が俺たちを見回す。
「おい、クロウズになったら武器は貰えるのかよ」
最初に口を開いたのはドレッドへアーの女だった。
「そういった質問は説明会の時にお願いします」
「あ? 質問があるかって聞いたのはお前の方じゃないかよ!」
ドレッドへアーの女は不満そうだ。それを見て眼鏡の受付嬢は少し困ったような顔で頬を掻いた。
「おい、ここに泊まるとして食事は何回出るんだ?」
「朝と夜の二回です。ただし、朝は再生食料になります」
再生食料と聞いた瞬間、おっさんの顔が曇った。あまりよろしくない飯のようだ。
……俺も聞いてみるか。
「自由行動ということだが、ここ以外に泊まるのはアリか?」
疑問に思ったことを聞いてみる。
「はい、大丈夫です」
「分かった。俺は他の場所に泊まる」
「ガム君、差し出がましいようですが、あなたは市民IDを持っていないですよね。宿に泊まるのも難しい、それこそ余分にコイルを払う必要があるはずです。野宿も命の危険があります。意地を張らずここに泊まることをオススメします。意地を張っても……それは格好よくないことですよ」
眼鏡の受付嬢は、年上のお姉さんという雰囲気で俺に忠告してくる。それこそ、メッとか言いそうな勢いだ。
思わずため息が出そうになるが、我慢する。
「悪いが、アテはある。詮索は止して貰おう」
「ガム君、そんなことを言って、せっかくクロウズになれるのに、襲われて命をおと……」
まだ何か言おうとしていた眼鏡の女の言葉をセラフが遮る。
「ふふふん。アレから何を言われているか知らないけど、それ以上やるなら潰すよぉ」
セラフが微笑む。いやはや、こいつらは笑ってばかりだ。暗黒微笑ってヤツか。
「ひっ、も、申し訳ありません」
眼鏡の女が怯えたように動きを止める。
『潰すよって、中二病か?』
『はぁ? 中二病って意味が分からないんですけど。良く分からない単語を使って私を惑わせるつもり? 馬鹿じゃないの』
中二病を知らないのか。それは仕方ない。知らない方が良いこともあると知っておけば良いだろう。
「とりあえず三日後だな。三日後の何時に来れば良い?」
俺は席を立ち、眼鏡の女を見る。
「お昼……十二時までにお願いします。十二時になると音楽が流れるので、それまでにお願いします。多少は遅れても大丈夫ですが、出来る限り時間通りにお願いします。もし、来られなかった場合でもクロウズにはなれます。ただ、相応のペナルティが発生します」
「分かった。三日後に来る」
俺は左手を上げ、部屋を出るように歩いて行く。おっさんとドレッドへアーの女はぽかんとした様子でそんな俺を見ていた。
また三日か。
偶然なのだろうが、試験が三日、説明会は三日後。なんだかな。
「お、おい、飯はいいのかよ」
部屋を出る時におっさんのそんな言葉が聞こえた。
『ま、おっさんとドレッドへアーの女の二人で食べれば良いさ』
『ふふん。それで、どうするつもり?』
『賞金首を倒したお金もある。まずは外食をしても良いだろうさ。深夜だが、やっている店もあるだろう』
『はぁ? 何処に? お金が? いつ受け取ったの? 馬鹿なの?』
ん?
……。
あ。
お金を受け取ったつもりになっていた。まだ貰ってない。
戻ってそれだけは貰ってくるか?
頭を振る。
いや、止めよう。格好つけて部屋を出たのに、すぐ戻るのは少しかっこ悪い。恥ずかしすぎる。
『ふふん、お前にお似合いじゃない』
『言ってろ』
とりあえず、また整備士のゲンじいさんのところに厄介になるか。




