659 ラストガーデン30
再開です。
俺は小さくため息を吐き、礫を飛ばす。軽く飛ばした礫は猿顔の額に当たり、パチンと弾ける。猿顔はその一撃で気を失い、仰向けに倒れていく。
「殺したのか!」
眼鏡が驚いた顔でこちらを見る。俺は肩を竦め、首を横に振る。
「いや、気絶させただけだ」
「気絶? しかし、仲間を攻撃するのは……」
眼鏡は、自身の特徴であるその眼鏡をクイッと持ち上げ、そんなことを言っている。
「そうか、それで? ここで棄権になった方が良かったか?」
「それは……だけど、話せば分かってくれたかもしれない。いきなり攻撃するのはやり過ぎだ」
眼鏡は未だのんきにそんなことを言っている。本人は自覚していないのか、無意識の行動なのだろうか、とにかく何か意見を言わなければ気が済まない年頃なのだろう。冷静に考えることが出来なくなっているのかもしれない。
「そうか、それで?」
俺はもう一度、肩を竦める。
「くっ。僕は……間違ってない!」
眼鏡はブツブツと呟いている。
「運ぶ。ここに放置は危険だー」
のっぽが猿顔を担ぐ。ここは安全地帯の目の前ではあるが、安全地帯ではない。猿顔をこのまま放置したら、機械やビーストに襲われ、物言わぬ骸になるだけだろう。俺としてはそれでも構わないが、馬鹿なだけの子どもを放置して見殺しにするのは、多少寝覚めが悪い。のっぽが面倒を買って出て運んでくれるなら、それに任せるべきだろう。
……。
俺は改めて気絶した猿顔を見る。
もしかすると、俺がやったことは無駄なことだったかもしれない。猿顔は端末を操作し、棄権しようとした。だが、本当に棄権出来たのだろうか? ゲームメーカーがそんなことを許すだろうか? たまたま端末が故障し、棄権することが出来ない――そんなことが起きる可能性はあっただろう。いや、きっと起きていただろう。
だが、だ。
俺は安全地帯である部屋の方を、その横に立っているキザったらしい少年の方を見る。
安全地帯に居る生徒に頼んで、自分たちが棄権したいことを伝える。そうすれば、もしかしたら、まともに動作する端末を使って教員に連絡を取ってくれたかもしれない。まぁ、それで棄権することが出来るかどうかは――また別の問題だ。
または、このキザったらしい少年に頼む、か、だ。俺たちに棄権するよう言いに来るくらいだ。さすがに外と通信が可能なものを持って来ているだろう。後は何とかこの遺跡から脱出すれば――それで終わりだ。
このゲームを始めた奴らは、俺たちが絶望し、無力に、惨たらしく死んでいく姿が見たいのであって、俺たちが力を合わせ、困難を乗り切る姿が見たい訳ではない。悪趣味な連中と悪趣味なゲームだ。
俺たちが生き延びるのは都合が悪いだろう。
俺はヴァレーの隣まで歩き、他には聞こえないように囁く。
「下に降りてくれ」
ヴァレーが俺を見る。
「でも……」
「危険だと言いたいんだろう? だが、この程度で俺がどうにかなると思うか? どうやら下層には安全地帯があるようだ。まずはそこを目指すべきだ」
俺の言葉にヴァレーがゆっくりと頷く。ヴァレーもそれしか選択肢が無いと分かったのだろう。
そろそろこの茶番を終わらせるべきだ。
俺とヴァレーは協力し、下層を目指す。何匹ものビーストが、何体もの機械が襲いかかってくる。だが、そんなものは俺の敵ではない。どれだけの数が襲いかかってこようが、この程度で俺をどうにかすることは出来ない。
そして、下層で安全地帯を見つけた時には、キザったらしい少年と眼鏡、のっぽのこちらを見る目が変わっていた。化け物でも見るかのような目で見ている。
「あった! 本当にあった。部屋です。安全地帯です」
ヴァレーだけが変わらない。ヴァレーは俺の実力を知っているのだから当然だろう。
「ああ。皆はそこで休んでいてくれ」
俺は連中を部屋の中へ移動するように促す。
「な、なー、お前の力、凄いのはー、ミュータントだからかー?」
猿顔を担いだのっぽがそんなことを聞いてくる。俺は肩を竦める。
「ミュータントでは無いと言ったはずだが? 俺が体を変異させて戦ったか? 違うだろう?」
「でも、あり得ない強さだー」
俺はため息を吐き、首を横に振る。
「あり得るよ。凄腕のクロウズならこれくらいは出来るだろう」
「それこそあり得ないんだなー。知ってるクロウズはクルマの力で戦うような奴らだよー。良いクルマと武器があれば……生身なんてあり得ないんだー」
知ってるクロウズ、か。こののっぽはクロウズを知っている。よく知っているようだ。
「そうか。それで? 俺の知っているクロウズには生身でも刀一本で機械だろうが、なんだろうが真っ二つにする凄腕が居たぞ」
「う、嘘だー」
「自分の知っている世界だけが全てだと思わないことだ。良いから早く部屋に入れ」
俺はのっぽを部屋に押し込む。
呆然とした状態の眼鏡と何処か苛々した状態のキザったらしい少年も部屋に押し込む。
俺は残ったヴァレーを見る。
「ヴァレー、ここは任せた」
「どうするんですか?」
ヴァレーが俺を見る。取り残されることが不安で聞いている訳ではないだろう。
「とりあえず……確認だ。ヴァレー、この課外授業が終わるまで任せても大丈夫か?」
ヴァレーが少し考え、ゆっくりと頷く。
「助かる。俺は……この安全地帯に戻って来ることはない。だから、誰が来ても中に入れるな。それと、安全地帯だから、とここが安全だと思うな。分かるだろう?」
「……分かりました」
「この食料も使ってくれ」
俺は持っていた食料の全てをヴァレーに渡す。
「師匠は……?」
「不要だ」
そろそろ、この茶番を終わらせよう。
ああ、最初からこうすれば良かったな。




