658 ラストガーデン29
通路を歩く。
俺が顎を潰した猿顔だったが、今はその顎も治っている。たまたま、のっぽが回復薬を持っていたらしい。そんな猿顔が、こちらを睨み、ある程度は治った顎をさすりながら歩いている。
「死ぬかと思った。殺すつもりかよ。暴力でなんでも解決かよ」
猿顔はブツブツと呟いている。俺は肩を竦める。
「お前のことだよ、お前の! 人殺しが! シールドで守られてるはずなのに、どうやったんだよ」
猿顔はブツブツと呟いている。シールドで守られている?
確かにシールドは銃弾やエネルギーから身を守ってくれる。だが、先ほどの戦いでも兵隊が言っていただろう? シールドは触れられるほど近づけば無効化出来る。格闘か、ゼロ距離での射撃か、これならシールドを無視することが出来るだろう。俺と兵隊が戦った場にこの猿顔も居たはずだ。何も見ていなかったのか?
……。
猿顔はどうでも良いような不平不満をブツブツと呟いている。また同じ目に遭うかもしれないと想像することも出来ないようだ。
本当にどうしようもない。
結局、言葉では分からせることが出来ないのだろう。ここまで来ると力でも分からせることは出来ないのだろう。こういうのも教育の結果なのだろうか。常識だと学んでいたことを変えるのは難しいことだ。とても難しいことだ。
今、俺たちは休むことが出来る安全地帯を求め、遺跡の探索を続けている。
今回の課外授業は、たった二日間耐えるだけのものだ。俺の感覚からすれば、通路であろうと何処であろうと、休む程度、何とでもなるとしか思えないのだが……。
考えなければならない。
彼らは死ぬ。無限のスタミナを持っている訳でも無い。最初はまともに戦えても、物量で押されれば、体力を消耗し、やがて力尽きることになるだろう。俺を基準に考えてはいけない。
それに、だ。
このくだらないゲームを演出している奴が居る。そいつらは俺たちがおもしろおかしく、無残に殺されるのを望んでいるようだ。そのゲームメーカーはこの遺跡の機械たちをある程度は操作することが出来るようだ。
物量で押される可能性は否定出来ない。
特にクリアが近づいてからが危険だろう。もうすぐ課外授業を終えることが出来る、俺たちがそう希望を持った瞬間を狙い、潰してくる。あり得そうな話だ。
「あ!」
先頭を歩いていたヴァレーが声を上げる。
「どうしたんだ?」
眼鏡がそこに駆け寄る。
「部屋です」
「安全地帯、か」
どうやら部屋を見つけたようだ。
「ひょー、やっとかいなぁ。これで休めるなぁ。どっかの誰かがさぁ」
猿顔は、そんなことを言いながら、ヴァレーを押しのけ部屋に入る。
「あ、なんでや」
そして、その猿顔の足が止まった。
ヴァレー、眼鏡、のっぽもその猿顔の後を追い、部屋に入る。キザったらしい少年は結果が分かっているのか、無言で、部屋の外で待機している。
俺はため息を吐きながら、部屋に入る。
……。
そこには先客が居た。
「悪いがここは使っている。出て行ってくれ」
そこには兵隊を連れた学園の生徒の姿があった。
「な、こっちは疲れてるんや。少しは休ませてーな」
猿顔がこびを売るように揉み手でその生徒に近寄り、生徒を守る兵隊に阻まれていた。
「それは出来ない」
部屋に居た生徒のにべもない言葉、態度。
俺は部屋の外で待機しているキザったらしい少年の方を見る。間違い無く知っていたはずだ。多分、俺たちは、この課外授業での生け贄なのだろう。後ろ盾があるような奴らはちゃんとそれを知っているのだろう。だから、俺たちを休ませない。こいつらは事前に安全地帯を聞かされていたはずだ。そして、俺たちが使えないように占拠することも命令されていたはずだ。
つまり、そういうことなのだろう。
猿顔はまだ、これが出来レースだとは気付いていない。いや、気付いていて、認めたくなくて分からないふりをしているのだろうか。
「くっ。皆、行くぞ」
眼鏡は苦悶の表情を浮かべ、眼鏡をクイッと持ち上げながら部屋を出ようとする。
「な、なんでや。もうちょっと、お願いすれば、少し休むくらいは出来るかもしれへんやん」
猿顔は未だそんなことを言っている。
眼鏡が部屋を出る。ヴァレー、のっぽも続く。
「な、なんでや!」
猿顔が叫びながら部屋を出る。
俺も部屋を出ようとする。
「えーっと、これは独り言なんだけど、上層中層の安全地帯は空いてないだろうね。誰も行かない下層なら残っているだろうけどね」
そんな俺に部屋に居た生徒が助言をくれる。
俺は肩を竦める。
ゲームメーカーは俺たちを休ませるつもりは無い。そして、下層に迷い込み、絶望のまま倒れることを望んでいる。
本当に、なんとも愉快なことだ。
「もうええ、ここで終わりや。もう終わり。疲れたから、もう終わりや!」
猿顔がそう叫び、腕の装置を操作しようとする。
どうやら猿顔はここで棄権するようだ。
棄権は――連帯責任だったか。




