657 ラストガーデン28
「ん、あ?」
俺が担いでいたキザったらしい少年が目を覚ましたようだ。
「お、おい、こら! おろせ、ざけんなよ!」
俺に担がれていたキザったらしい少年が暴れている。俺は小さくため息を吐き、担いでいた手に力を入れる。キザったらしい少年が、ぐぇっと情けない声を漏らし、静かになる。
キザったらしい少年を担いだまま通路を歩く。
「……どういう状況だよ」
担いだキザったらしい少年が、俺の機嫌を伺うように、俺の反応をうかがうように、静かにぼそりと呟く。
「さあな」
俺は肩を竦める。
「お、俺の連れてきた兵隊をどうした?」
俺は小さくため息を吐く。この少年にも連れてきた兵隊を心配するくらいは、まともな感情があったようだ。
「全員、俺が殺した」
「んだとぉ!」
再びキザったらしい少年が暴れようとしたので、担いだ手に力を入れ、落ち着かせる。
「全員、上の奴らの手下とは、お前はずいぶんと慕われていたようだな」
俺はこのキザったらしい少年が陥った立場を皮肉る。
「んだ、と。そんなはずは……」
「お前ごと消されるところだったな」
「そんなはずは、そんなはずは……ない」
キザったらしい少年はわなわなと震えている。俺はそんな少年をおろす。
「自分は、自分だけは大丈夫だと思ったのか? 良いように利用されただけだったな」
「んだと! くっ、ちっ」
キザったらしい少年は馬鹿みたいに舌打ちを繰り返している。充分に舌打ちをして満足したのか、キザったらしい少年が俺を見る。
「で、あいつは?」
俺は顎をしゃくり、先頭を歩くヴァレーを指し示す。
「んだよ。無事かよ。よか……はぁ、こんなのリタイアすりゃあ良いのに。今度こそ、あいつを家に送り返すように命令してやる」
キザったらしい少年はそんなことを言っている。まだ分かっていないようだ。
「餓鬼が。まだ分からないのか。ヴァレーの人生はヴァレーのものだ。お前が命令するようなものではないだろう」
「余所者が口を出すなよ。俺にはその権利があるんだ」
キザったらしい少年は俺に暴力が振るわれないよう怯え、後退りながらも、そんなことを言っている。それを当たり前と思っているから、そのおかしさに気付けないのだろう。
「権利? なんの権利がお前にある?」
「は、知らないのかよ。知らないから分からないのかよ。あいつの家はなぁ、罪人一家なんだよ。あいつの先祖が悪いことをした。それをうちの先祖が懲らしめて改心させたんだぜ。だから、あいつの家はうちに逆らったらいけないことになってるんだ。どうだ、わかったか」
何故かキザったらしい少年は得意気だ。
「ああ、そうらしいな。で、お前はそれを信じているのか?」
「ご先祖様の言い伝えだぜ。しかも証拠もある。お前も見ただろ、俺があいつを強制させたのを。ご先祖様は死んでるし、その時代を生きた奴ももう居ないから、俺の家が捏造したとでも言うつもりかよ。証拠が残ってるのに、疑う余地なんてないだろ」
キザったらしい少年は髪を掻き上げながら、鼻息を荒くしている。ご先祖のことを誇りに思っているのだろう。
七人の武器屋のショーヘーもアーモリーも、もう生きていない。あの二人のことを知っているのは、もう俺だけになってしまった。
そうか。
「おい、何べらべらと喋ってんだよ。あ、先輩のことじゃないっすよ。そっちのミュータントのことっすよ。ミュータント! 俺らを守って早く進めっての」
俺が少し考え込んでいると、何かを勘違いした猿顔がそんなことを言ってきた。
「俺はミュータントではないと言ったはずだが、聞こえなかったのか?」
俺は猿顔を威圧するように見る。猿顔がグッと言葉に詰まり、怯えるように後退る。だが、すぐに考え直したのか喚き始める。
「ど、どっからどう見てもミュータントだろうがよぉ!」
俺は小さくため息を吐く。
キザったらしい少年は少年でこじれていて厄介だが、こいつらはこいつらで厄介だ。分からせるのすら面倒になってくる。このまま逃げ出したい気分だ。
「そうか、それで? 百歩譲って俺がミュータントだとしよう。だとしても、お前らの命令を聞く義理は無いだろう。そんなことも分からないのか?」
「ミュータントのくせに人に逆らうのか! ミュータントは、素直に人に従えば良いんだよ! さ、逆らうならそれを学園にバラしても良いんだぞ!」
「そうなんだぞー」
「ふむ。確かに僕たちが導く必要があるかもしれない」
眼鏡、のっぽ、猿顔は好き勝手なことを言っている。
チームだから、連帯責任にならないように、と大目に見ていたらこれだ。
自分たちだって虐げられている側だったはずだろう?
虐げられる者の気持ちが分かっているはずだろう?
なのに、自分たちより下だと思える者が現れれば、それに飛びつき、我先にと虐げようとするのか。
なんとも愉快なことだ。
こいつらは、ただ、自分たちが上の側になりたいだけなのだろう。餓鬼だから、と大目に見ていたが、だとしても限度がある。
「少し、黙れ。次にくだらないことを喋ったら、馬鹿なことを言えないように顎を砕く。分かったか?」
「なんやとぉ! ミュータント風情が、学園にバラされても良いのかよ。先輩からも言ってやってください。こいつを……」
猿顔が俺を指差し、何か言っている。
まだ何か言おうとしている。
聞くに堪えない。
俺は猿顔の懐へと踏み込む。そのまま猿顔の顎を掴み、握りつぶし、砕く。
「あが、あが、あぎょ、が、があ」
猿顔は顎を押さえ、転がり回っている。
「言ったはずだ。次にくだらないことを喋ったら顎を砕く、と」
顎を砕いたが死ぬことは無いだろう。死なないように気を付けた。二日後救助されるまで激痛に転げ回るだけだ。
「やり過ぎだ! 君は、なんの権利があってこんなことを!」
眼鏡が俺に突っかかってくる。
「そうか、それで? 教えてくれ、お前はなんの権利があって、俺に命令をしたんだ?」
「それは賢い者が愚かな者を導く必要があるからだ。間違っているなら――間違いは賢い者が正すべきだ。それが賢く生まれた者の義務だからだ」
俺は眼鏡の言葉に大きくため息を吐く。
「お前が賢い? 何を持ってそう言っている」
「学園の成績を見れば分かる。僕は学園でも上位の成績だ。生まれのせいでチャンスは掴めずに居るが、僕のような……」
俺は眼鏡の言葉を聞き、頭を抱える。目眩がする。
これは、酷い。




