652 ラストガーデン23
そして、無数の狼型機械に取り囲まれながら戦う一台のクルマが見えてくる。一人乗りにしか見えない小さなボディのクルマが必死に戦っている。
襲いかかってくる狼型の機械に向けてロープの付いた銛を飛ばす。ロープを伝い電流が流れ、狼型の機械たちが痺れるように動きを止める。クルマはすぐにロープを切り離し、すぐにその場を離れる。
クルマが主砲の横に取り付けた丸いボールのようなアンテナに光を集め、周囲に放射し、狼型の機械たちの動きを牽制する。何とか戦っている。だが、とにかく数が多い。このままではいずれ狼型の機械に数の暴力でやられてしまうだろう。
……。
いや、数だけでは無いようだ。狼型の機械たちの戦い方が上手い。見れば狼型の機械たちは、クルマの攻撃範囲を把握し、囮役、牽制役、攻撃役を使い分け、戦術的に戦っている。どうやら、狼型の機械を指揮している何かが居るようだ。
俺は小さくため息を吐く。もっと何かあったのかと思ったのだが、単純に向き不向きの問題だったのか。敵の戦術的な行動に自動戦闘では上手く対処出来なかったのだろう。だが、もう問題無い。
俺が居る。
……。
クルマ――これが俺の用意していた保険。
この課外授業、自前の武器の持ち込みは有りなんだろう? それならこれくらいの武器は用意しておく。当然だ。
俺は右のこめかみを軽く叩き、状況を把握しながら、クルマと狼型の機械が戦っている戦場へと走る。
――何処だ?
小柄な少年、眼鏡、猿顔の少年、のっぽな少年の姿は見えない。クルマが狼型の機械を引きつけている間に上手く逃げ延びたのだろう。生きているかどうか? そこは心配していない。ヴァレーが居る。あいつなら余程のことが無い限り上手くやるだろう。
俺は、彼らを探すよりもここを早く片付けるべきだろう。
右目に地図と敵の反応を表示させる。ズキリと脳が軋むような痛みを感じる。まだまだ右目に制限はあるようだ。が、この程度なら問題無い。今後に支障をきたすほどの時間をかけるつもりは――この機能を常駐させるつもりはない。
右目には無数の赤い光点が表示されている。
……。
その中の一つが動いていない。
どうやら、それが指揮官機のようだ。
俺はクルマの遠隔操作を続ける。
クルマが動きを止める。そして、そのクルマから六本の足が生える。六本の足を地面に突き刺し、その車体を固定する。
足を止めたクルマに狼型の機械が殺到する。クルマのシールドが削られる。だが、問題無い。
そのまま発射する。
次の瞬間、光が生まれた。制止していた指揮官機らしき赤い光点が動く。だが、もう遅い。遺跡が震えるほどの衝撃。光りと爆発が無数の狼型の機械を巻き込み、消滅させていく。そして、その後には抉られるように削られた床壁――その爆心地の中央でよろよろと動いている小型の四つ足の機械の姿があった。
まだ動いているのか。
俺はトドメを刺すために動く。
四つ足の指揮官機がこちらを見る。そして、何かに気付いたのか吠える。怨嗟の咆哮。機械で有りながら、まるで感情があるかのような――真っ赤に燃える憎悪の目でこちらを見ている。その強すぎる感情に思わず、一瞬だけ足が止まる。だが、一瞬だ。俺はそのまま駆け抜け、手に持ったナイフで指揮官機にトドメを刺す。
……。
指揮官機が倒されたからか、狼型の機械たちは動きを止め、その場に倒れていく。指揮官機と連動していたようだ。
咆哮、怨嗟……今のは何だったのだろうか?
この機械は俺を知っていた? 俺に恨みがあった?
恨み、か。
思い当たりがありすぎて分からない。どれだけの数の機械を潰した? どれだけの数の敵を倒した?
分からないな。
にしても機械が俺に恨み?
俺は倒した指揮官機を見る。
……。
指揮官機の中に脳が見える。生きている脳だ。いや、生きていた、か。
機械ではない? サイボーグか。だが、大きさ的に人の脳では無い。動物の、それこそ、犬か何かのような……。
俺は肩を竦める。
ここは片付いた。皆を探すべきだろう。
俺はクルマを遠隔操作する。かつてはトリコロールカラーに塗られたその玩具みたいな外見のクルマは、今は黒く、闇のように深い黒に塗られている。そのクルマが静かにすぅっと闇に消えていく。
ステルスコーティングと改良型の殲滅砲、どちらもハルカナの町で手に入れたものだ。あまり手を入れすぎると、このクルマの持ち主だったルリリに怒られそうだが、間接的にだが、子孫を守る為に使っているのだから、きっと許してくれるだろう。
さて、こちらをモニターしているゲームメーカーは気付いただろうか?
このクルマが、かつては誰のものであったのか気付いただろうか?
そして、今、このクルマを操っているのは俺だと気付いただろうか?
俺は肩を竦め首を横に振る。
どちらにせよ、もうどうでも良いことだ。
俺に手を出したらどうなるかということを分からせるだけだ。




