651 ラストガーデン22
俺は物量でこちらを殺しに来ている機械たちの攻撃を回避しながら、落ちてきた紐を見る。紐には見覚えがある。俺が用意した紐で間違い無いだろう。
その紐には綺麗な切り口がついている。上で切り落とされたのは間違い無いだろう。
俺は落ちてきた紐を肩に担ぎ、正規ルートに戻ることにした。
走る。
駆ける。
俺は人型のロボットが振り下ろしてきた電流がほとばしる警棒を。急停止するように足を止めて回避し、こちらへと放たれた銃弾の雨を、その人型ロボットを盾にして防ぐ。飛んできた刃を手に持ったナイフで逸らし、こちらに飛びかかってきた亀のような機械を蹴り飛ばし、ひっくり返し、その体を足場にして走る。
銃弾が、刃が、光線が俺を狙い、飛び交い、いくつもの爆発が起こる。
俺はそんな戦場を駆ける。
走る。
何体もの――数え切れないほどの機械が集まっている。この階層の殆どの機械が集まっているのでは無いだろうか。
数十? いや、数百か。
こいつらは完全に俺を殺しに来ている。俺を殺すためだけに集まっている。
少しでも油断すれば俺は死んでしまうだろう。だが、この程度で死んでやるつもりは無い。今の俺に死んでいる暇は無い。
走る。
駆ける。
次々と迫りくる攻撃を回避し、走り――抜ける。
暗闇に落ちた通路へと戻り、目的地を目指して走る。
――正規ルート。
俺は走りながら持っているナイフに紐を結びつける。
俺の後を機械たちが追いかけてくる。あまり遊んでいる時間は無いようだ。いくらこのナイフが良いものだとしても――このナイフ一本で倒しきるのはさすがに無理だろう。
やがて灯りが見えてくる。
そして戻る。
俺は上を見る。俺と眼鏡が落ちてきた穴だ。
穴は開いたままだ。
俺はナイフを結びつけた紐をくるくると回す。てっきりこの落とし穴は塞がれているものだと思っていたが、そんな俺の予想とは違い、未だ開いたままだ。もしかすると、このゲームを演出している奴は、この遺跡を自由に動かすことは出来ないのかもしれない。
俺はナイフを投げる。ナイフに結びつけられた紐がヒュルヒュルと伸びていく。そして、ナイフが天井に開いた通路の壁に刺さる。
ナイフが壁に刺さったことを確認し、ぐいぐいっと強く引っ張る。簡単には抜けそうにない。これなら大丈夫だろう。
俺は紐を握り、登る。
下ではわらわらと機械たちが集まってきているようだが、もう遅い。穴の壁に手をつき、落ちないように壁を掴む。そしてナイフを壁から引き抜き、結びつけていた紐を解く。はらりと紐が無数の蠢く機械の仲に落ちていく。紐はもう必要ない。
俺はナイフを咥え、両手を空ける。
では、改めて正規のルートを進むとしようか。
俺は垂直の壁を登る。登っていく。殆ど掴むところも無いような垂直な壁だが、今の俺の握力なら問題無い。
握力で登る。
壁を登る。
何も邪魔が無ければ、このまま最後まで登り切れるだろう。
登る。
……。
登る。
……。
登る。
……おかしい。
何も起こらない。
これほど分かりやすく、狙ってくださいといわんばかりの状況を作っているのに、何も起きない。
俺は腕に巻いた装置を見る。これで見ているはずだろう?
どういうことだ?
こんな、確実にあっさりと殺せそうな状況では盛り上がらないとでも思っているのだろうか。
それとも上の――対処に追われて、こちらまで手が回らないのだろうか?
……いや、もっと単純に、紐を落とした時点でもう終わったと思ったのか。俺がやられたと思ったのか。
もし、そうならば、ずいぶんと俺のことを舐めてくれているじゃあないか。
俺は登る。そして、何事も無く落とし穴を登り切る。
登り切ったところで肩を竦める。
本当に何も起こらなかった。
……合流するか。
小柄な少年が、眼鏡が、猿顔の少年が、のっぽな少年が、皆が無事なのは分かっている。
用意していた保険まで動かすことになったのは意外だったが、その保険がある以上、皆が無事なのは間違い無いだろう。
俺は走る。
あえて腕輪を外すことなく、そのままにしているが……何も起きない。
迷路のような通路を走る。
今居るのは中層だ。ヴァレーたちも、この中層にとどまっている。それは間違い無い。
そして音が聞こえてくる。砲撃の音だ。その音に呼応するように地面が揺れている。かなり大規模な戦いがこの先で起きているのだろう。だが、問題無い。
俺は遠隔操作を続ける。
今の俺では視界を共有することが出来ないため、ほぼ自動操縦に頼った操作になってしまっているが、それでも連中を守る程度なら問題無いだろう。




