649 ラストガーデン20
俺は右を見、左を見る。
二本の通路。
どちらに進むべきか……いや、どちらでも同じだろう。
俺はポケットから一枚のコインを取り出し、指で弾く。
左……か。
俺は左の通路へと向かう。
「ま、待ってくれ。君は僕の話を聞いていたのかッ!」
眼鏡がまだ何か言っている。
俺は肩を竦める。
「お前こそ、俺の話を聞いていたのか?」
「な、何を言っているんだ。本気なのか。そんなこと許されるはずがないッ!」
眼鏡は何やら面白いことを言っている。
俺は小さくため息を吐き、眼鏡の方へと歩いて行く。
「な、な、なんだ」
眼鏡が後退る。俺はその間合いを詰める。
「ま、待て、待つんだあァ」
俺は拳を握る。
有言実行。
言ったからにはやるしかない。
だが、これは殴って分からせるようとしている訳ではない。ただ、効率よく行動したいだけだ。
「わ、分かった。行こう。僕も行こう。た、ただし、少しでも危ないと思ったら、僕はここに戻る。分かったな!」
眼鏡が俺から逃げるように後退りながら、眼鏡をクイッと持ち上げ、こちらへと指をさす。俺は、その伸ばした指を握る。
「そうか。分かった」
俺は指を強く握る。
「分かってくれたら……良いよ」
眼鏡はこちらから逃げるかのように海老反り状態でそんなことを言っている。俺は眼鏡の指を離し、肩を竦める。
まずは左の通路を進む。この階層の構造はある程度把握している。若干、気になる場所もあるが、そこはまた今度来ることにしよう。今のお荷物を抱え、課題授業の途中で見に行くようなことではない。
!
俺はとっさにナイフを振るう。
頑丈なナイフが飛んできたそれを弾く。かなり重い一撃だ。
次の瞬間、俺の目の前に大きく開かれた牙の並ぶ口が現れていた。俺は上体を反らし、その一撃を躱す。躱しながら顎下から上にナイフを突き刺す。そのまま顎下へと俺の肩を押し入れ、持ち上げるようにナイフを突き入れる。
生臭いそれを蹴り、ナイフを引き抜きながら投げ捨てる。
転がったそれがピクピクと痙攣し、すぐに動かなくなる。
それはハリネズミのような姿をしたビーストだった。だが、大きさはハリネズミほど可愛くない。二メートルほどはあるだろうか。そして、背中に生えているトゲはまるで鉄の杭だ。こんなものが飛んできたら人間の体なんて簡単に貫通し、大穴が開くことだろう。
「ビーストか」
「な、な、な、なんだ! なんだ、これは! こんなの戻るべきだ! 危険だッ!」
眼鏡が空気を読めず騒いでいる。
その声を聞きつけたのか、通路の奥からハリネズミのおかわりが現れる。
一、二、三、四……沢山だ。
大型のハリネズミの一匹が背を丸め、でんぐり返しをするように転がりこちらへと迫る。
「う、うわああああ! こ、攻撃を! ああ、ああァ! 銃、銃が」
眼鏡は迫るハリネズミに反応し攻撃をしようとする。だが、そこでやっと手に何も持ってないことに気付いたのか、叫び、混乱している。落とし穴に落ちた時に狙撃銃を落としてしまったのだろう。武器をなくしたことに今頃気付くのだから、ずいぶんとのんきなものだ。
俺は邪魔な眼鏡を蹴り飛ばす。
そして、転がってきたハリネズミへと走り、ナイフを刺し込む。貝殻をこじ開けるように丸まったハリネズミを開き、針のない内側を蹴り飛ばす。
現れたハリネズミの一匹がこちらに背を向ける。そこから背中の杭が射出される。一瞬でこちらへと迫る鉄の杭をナイフで弾く。
その一発を合図にしたかのように次々と鉄の杭が飛んでくる。
それらをナイフで弾いていく。
やはり良いナイフだ。
とても硬く丈夫だ。出来れば、このナイフは持ち帰りたい――という欲が湧いてくる。
俺は踏み出す。
駆ける。
こちらに背を向けていたハリネズミたちの集団へと飛び込み。その背中の杭を掴む。そのまま持ち上げ、投げ捨てる。投げ捨てたハリネズミがボーリングの玉のように周囲のハリネズミを打ち倒していく。
「さあ、次はどいつだ?」
俺はハリネズミたちを威圧する。その圧に耐えきれなかったのか、こちらに襲いかかろうとしていたハリネズミたちが足を止め、ふらふらと後退り、そのまま転がるようにして逃げていく。
この程度か。
俺は小さくため息を吐き、蹴り飛ばした眼鏡の方へ戻る。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫かだって? もう少しで死ぬところだったのに、何をそんな……」
俺は眼鏡の言葉に肩を竦める。
「大丈夫なようだな。とりあえず追い払ったが、あのビーストたちが、いつまた戻って来るか分からない。その前に先に進む」
「な、何を……ッ」
俺は未だ騒ごうとしている眼鏡の口を手で押さえ、無理矢理閉じさせる。
「習わなかったのか? 騒げばビーストを呼び寄せる。それともわざとやっているのか?」
俺は眼鏡が落ち着くのを待つ。そして、ゆっくりと手を離す。
「……それだけ戦えるなら何故言わない」
眼鏡は周囲を見回し、小さな声でそんなことを言い出す。
俺は小さくため息を吐く。
「言ったはずだが?」
「くっ」
俺は肩を竦め、歩き出す。
ビーストが徘徊している。管理するなら機械の方が楽だと思うのだが、何か理由があるのだろうか。ここで繁殖させているのだろうか? ここに何があるのだろうか?
歩きながら通路を見る。
通路の壁自体が発光しているのかずいぶんと明るい。ランタンなどの灯りを必要としないのは楽で良いのだが……。
俺は、恐る恐るという感じでこちらの後を歩いている眼鏡を見る。この眼鏡はこの遺跡が灯りを必要としないことに疑問を感じてないようだ。これが当たり前だと思っているのだろうか。それともそんなことを考える余裕もないのだろうか。
そして、小さく通路が揺れる。
「な、なんだぁ?」
眼鏡が足を止め、怯えた様子でキョロキョロと周囲を見回している。
「上で戦闘があったんだろう……」
俺は右のこめかみを軽く叩く。
そして、大きく息を吐き出す。
無いと思っていた保険が作動した。どうやら急いだ方が良さそうだ。




