645 ラストガーデン16
……。
何事も無い訳が無いだろう。
それは俺が見張りに立ち、しばらくした後のことだった。
「あら? あなたは転入生ですね」
四人の兵隊を引き連れたいかにもお金持ちという感じのお嬢さまがやって来る。
「プリンセス、ここは私たちにお任せを」
引き連れた兵隊の一人が動こうとする。
「待ちなさい」
それをプリンセスと呼ばれたお嬢さまが止める。
プリンセス?
この世界、この時代に王侯貴族がいる訳でも無いだろうにプリンセス?
そういうごっこ遊びをしているのか?
俺は首を横に振る。
商会を一つの国と考えれば――トップの娘をお姫様と呼ぶのもあり得るか。
「それで? 何の用だ?」
俺はお嬢さまに話しかける。
「おい、お前! プリンセスに向かってなんて態度だ! 同じ学園の生徒でも無ければお前なんかが顔を合わすことも出来ない高貴な方に対して! プリンセス、私たちにお任せください。すぐにこの無礼なものを排除します」
連れていた兵隊の一人が絡んでくる。
さて、どうする?
「私は待ちなさいと言ったはずです。お父さまは、どうしてこうも質の低い……はぁ」
それを再びお嬢さまが止め、愚痴るように呟き、俺の方を見る。
「申し訳ありません。部下の無礼を詫びます」
「いや、いい」
「ありがとうございます」
お嬢さまが軽く頭を下げ、そして、ゆっくりと顔を上げる。俺を見る。俺を見てにっこりと笑う。
「ついぞ、あなたの後ろ盾を見つけることは出来ませんでした。そのことであなたには後ろ盾が居ないものだと侮る連中も居ます。ですが、私は違います。あなたの後ろには私たちでは手が出ないほどの大物が居る。そう考えました。どうですか?」
お嬢さまの言葉に俺は肩を竦める。
「好きに考えたら良い。それで、ここには?」
お嬢さまがわざとらしく大きなため息を吐く。
「ここは私が指定していた場所なんです。少しポイントを稼いでから、とゆっくりしていたのが間違いだったのでしょうか?」
指定?
お嬢さまのその言葉の意味に気付き、俺は大きくため息を吐く。
「なるほど。事情は分かった。中で説明してやってくれ」
「ご厚意、感謝します」
俺はお嬢さまと兵隊を引き連れ、眼鏡の少年たちが休んでいる部屋に戻る。
「ん、あ? なんだよ、そいつら?」
俺たちに気付いた猿顔の少年が間抜けなことを言っている。
「あー、なんでだー? 見張りも出来なかったんかぁ」
のっぽな少年は不機嫌なご様子だ。俺がお嬢さまたちを連れてきたことが気にくわないらしい。
「どういうことですか!」
眼鏡の少年もずいぶんとご機嫌斜めな様子だ。
俺は肩を竦める。
「話し合い、交渉は任せる」
俺はそれだけ伝え、壁により掛かり腕を組む。
お嬢さまは引き連れていた兵隊の一人を見る。兵隊の一人が頷き、前に出る。
「ここはプリンセスが使う。お前たちはここから出て行け。あー、ちゃんとこの部屋を綺麗にしてからだぞ。分かったな?」
その兵隊は上から命令する。
「ここは僕たちが先に見つけた場所ですよ。いくら上民だからって! 後からやって来て、そんな横暴が通る訳が無い!」
眼鏡の少年が叫び、お嬢さまへと突っかかろうとし、すぐに兵隊に取り押さえられる。
「何をする!」
地面に引き倒され、身動きを封じられた眼鏡の少年が叫ぶ。
「おい! ビッグスを離せ! はなせよ! 撃つぞ! おい! 撃つぞ、あれ? あれ? 弾切れ? こんな時に?」
猿顔の少年が突撃銃を構え、引き金を引く。だが、銃からは弾が出ない。猿顔の少年が間抜けにも残弾を確認している。
俺は顔に手をあて、大きくため息を吐く。
この猿顔の少年は自分が引き金を引いた意味を分かっていない。そして、そうやって宣戦布告をしておきながら、間抜けに残弾の確認をしている。相手に攻撃を仕掛けたこと、そして戦闘が始まっているということ、それが分かっていない。自分は攻撃されないとでも思っているのだろうか。
思っているのだろう。
俺は、猿顔の少年の頭に狙いを定めていた兵隊の銃に手を置き、下げさせ、それを止める。
「な、何だと?」
俺の動きが見えなかったのか、その兵隊は先ほどまで俺が居た壁と今目の前に居る俺を見比べている。
俺はお嬢さまの方を見る。
「ずいぶんとレベルが高いな。はぁ、それくらいにしてくれ」
「そうですね。分かりました。皆さん、お客様はお帰りです。丁重にお願いします」
俺たちはお嬢さまと兵隊たちによって部屋から追い出される。
「あー、卑怯なんだよー!」
「すまない。僕が人質にならなければ……」
のっぽな少年が地団駄を踏み、眼鏡の少年が肩を落とす。
「銃があそこで壊れなければよー、へへ、俺が……、って、そうだ! ヴァレー、お前がちゃんと整備しないからだぞ」
猿顔の少年が小柄な少年に自身の武器を叩きつけるように押しつける。小柄な少年は受け取った武器をすぐに確認する。
「何処も壊れてないよ、これ」
「そんなはずがあるかよ。こいつ、何も、あれ、あれ?」
猿顔の少年が小柄な少年から突撃銃をひったくるように奪い確認する。そして、引き金を引く。問題無く弾が発射される。
猿顔の少年の突撃銃は何処も壊れていないのだろう。正常に動いていた。
「だいたいよぉ、お前があいつらを中に入れたのが悪い!」
「あー、そうだー、そうだぞー」
猿顔の少年とのっぽな少年が俺に突っかかってくる。
「待て。逆らえなかった。そうだろう? 考え無しに、見張りにしてしまった僕も悪い。彼一人を責めるのは良くない」
眼鏡の少年はそんなことを言っている。
俺は思わずため息を吐きそうになる。
いつまで、こんな茶番を――お守りをしないと駄目なのだろうか。
俺自身はこの課外授業がどうなろうと構わない。
そして、小柄な少年を見る。
ヴァレーは強く前を見ていた。
ヴァレーはやる気だ。真剣にこの課外授業に取り組もうとしている。
……。
俺は小さくため息を吐く。




