633 ラストガーデン04
転入生が拳を振るう。小柄な少年がそれを避ける。
「僕、避けられたよ」
小柄な少年は笑顔で喋る。
「そうか」
その小柄な少年の無防備なボディに転入生が拳を振るう。小柄の少年の体がくの字に曲がり、おぽおぽと声にならない声で呻き、苦悶の表情を浮かべる。
「い、今のじゃあないよ。ぼっちゃんたちの拳だよ。殴られても見えたんだ。全然、たいしたことがなかった」
「そうか」
小柄な少年の言葉に転入生は肩を竦める。
「ふ、ふぅ。ありがとう、これで、絡まれても逃げることが出来るよ!」
小柄な少年はお腹をさすり、息を整え、嬉しそうに微笑む。
「そうか。だが、逃げてどうする? あーいう輩は逃げれば逃げるだけムキになるだろう? 戦わないのか? 戦うための力をつけようとは思わないのか?」
小柄な少年が腕を組んで少しだけ悩み、そして首を横に振る。
「無理だよ。僕には才能がないんだ。だから、ぼっちゃんも僕に……」
「才能、か。才能はある。足りないのは素養だ。知識で有り、技術だ。そうだろう?」
「僕は、ぼっちゃんには逆らえない。僕なんかがぼっちゃんに敵うはずがないんだ。これ以上教えて貰っても……それにそこまでお世話にはなれないよ。僕は君にまだ何も返せてないんだよ?」
転入生は大きくため息を吐き、肩を竦める。
「あの程度の奴らに怯え、卑屈になる理由がわからないな」
「あの程度って、ぼっちゃんは大商会ビッグエスの御曹司だよ」
「それが?」
「わかってないんだよ、その力を。だから、そんなことが言えるんだ」
転入生は大きくため息を吐く。
「あの子どもの後ろに大きな組織があるから逆らえないのか?」
「違うよ。いや、違わないけど、それだけじゃないんだ。僕たちの一族は恩と罪があるんだよ。本家に逆らってはいけないんだ。それに、本家で一流の教育を受けて来たぼっちゃんに僕が敵うはずがないよ」
転入生は何度目になるかわからない大きなため息を吐く。
「恩と罪、か。こんなことになるとは思いもしなかった。初代が偉大でもその子孫まで偉大とは限らない。その逆も、か。まさか、だった。こういうこともあり得るのか」
「どうしたの?」
「敵うはずがない、逆らえない、か。それなら何故、この学園にこだわる。ここに残ろうとする? それは本家に言われてここに来たからか? あの子どもよりも本家の方が上だから、そちらに従って我慢しているのか? 上位の命令に従っているだけなのか? 俺に強くなりたいと言ったのは、なんだったんだ?」
小柄な少年は口をつぐみ、何かに耐えるように拳を強く握りしめる。
「……分かる訳がないよ」
そして、小柄な少年は、そうぼそりと呟く。そんな小柄な少年の姿を、転入生は何するでもなく、ただ見ていた。
「わからないよ」
小柄な少年が今度ははっきりと、そう口に出す。
「わからない、か。そうかもな」
転入生は空を見る。見上げる。
「だが、お前はかつての俺よりずっと……自分から強さを望んだだけ、マシさ。そうだろう?」
転入生は空を見上げ、呟く。
「ほら、気合いを入れろ。腰が入ってないぞ」
転入生が少年の腕を叩き、腰を叩き、足を蹴る。
「ほらほら、どうした」
「なんで、僕に構うんだよ!」
「まだまだ元気だな。ほらほら、しっかりしないと殴られるぞ、蹴られるぞ」
転入生が拳を振るう。蹴りを放つ。それを少年は避ける。打ち払う。
「なんで、こんなことをするんだよ!」
「お前がいじめられないように鍛えるのさ」
「頼んでない! 今、僕をいじめてるのは君じゃないか!」
「おう、頼まれてない。だが、言ったろ。機械のこと教えてくれって。代わりに、俺は喧嘩の仕方を教える。俺が教えられることなんてそれくらいだからなぁ」
「だから、頼んでない! そんな野蛮なこと必要ないって言った」
「うーん、でも、俺にはこれしかないからなぁ」
喋りながらも転入生の拳が飛んでくる。
「僕には戦う才能なんてないんだ。だから喧嘩の仕方なんて習っても……」
「うん、無いなぁ。才能、無いと思う」
「だったら!」
「才能なんて無くてもさ、鍛えることは出来るのさ。人はさ、学び、技術を鍛えることが出来る。届くさ。それは、きっと届く」
「はぁ? 全然、わからない。君に僕の何がわかるんだよ!」
転入生がガシガシと頭を掻く。
「俺も才能が無かったからな。いや、正確にはこの体が、か。それでも死ぬ気で鍛えれば少しはマシになったからな。才能なんて初期ブーストにしかならん。限界まで鍛えるなら誤差だよ、誤差。そういうことさ」
「言ってる意味がわからない」
少年は呆れたような目で転入生を見る。
「そうか? うーん。ここだけの話だけどさ、実は俺は前世の記憶があるんだよ。前世の俺は喧嘩の達人だった。天才だな。だが、この体は違った。才能なんて欠片も無い、ぶよぶよのゴミみたいな体だったのさ。だけど、今の俺はその頃よりも強くなったと思う。そういうことさ」
「ますます言っている意味がわからない」
「わからない? うーん、そうか? まぁいいさ。そういうことだから、天津お前は才能なんて気にしなくても大丈夫だ。俺が死ぬほど鍛えてやるさ。というワケで、今から俺がお前の師匠だ!」
「なんだよ、師匠って……」
「俺がお前の喧嘩の師匠。そして、天津が俺の機械の師匠。そうだろう?」




