627 ドラゴンファンタジー49
砕け散ったガラス管からムクリと男が起き上がる。
俺は自分の右手を見る。
再生し、治っていたはずの右手がボロボロになっている。拳骨が肉を突き破り、砕けている。俺は血だらけの右手を軽く振り、大きなため息を吐く。この男……ずいぶんと硬い。もしかするとガラス管よりも硬いのではないだろうか。
「無駄だ。無駄だということに気付いたか」
全裸の男がその体を見せびらかすようにこちらへと歩いてくる。
俺は何度目になるかわからないため息を吐く。
「恥ずかしい奴だな。何か服を着たらどうだ?」
男はこちらを見て口角を上げ、醜く笑う。
「ふぁふぁふぁ、これが、これこそが、人を超越し、神へと至った至高の姿だ。そんな私の何処が恥ずかしいというのかね」
俺は顔に手をあて、首を振る。
「その神様気取りも聞いてて恥ずかしくなる」
そのまま右拳を、俺は大きく踏み込み、こちらへと歩いてきていた男の顔面に叩きつける。
……。
「なんのつもりだね」
だが、ビクともしない。先ほどは殴り飛ばすことが出来たが、今回はピクリとも動かない。男が歪んだ顔のままこちらを見る。
次の瞬間、男の左腕が消えていた。
不味い。
男の左拳が俺の顔面へと飛んできている。
このまま踏ん張り耐えるべきか?
いや……!
俺は飛ぶ。
全身の力を抜き、殴られ、その勢いのまま吹き飛ばされる。
俺は馬鹿みたいに地面を転がり、壁にぶち当たり、そこで止まる。頭を振りながら上半身を起こす。
……顎が外れている。
もし、殴られた時に踏ん張り耐えようとしていたら、頭を吹き飛ばされていたかもしれない。その程度で俺が終わることはないだろう。だが、体の再生に使う時間を考えると――それは非常に不味い。俺が再生している間に、この神気取りの愚者が何処かに行ってしまうかもしれない。
それは不味いだろう。
こんな恥ずかしい奴を地上に出すのは間違いだ。ここでこいつを止めなければならない。
俺は肩をほぐし、首を回しながら起き上がる。そのまま軽くポンポンと飛び跳ね体の動きを確認する。
「なんのつもり? お前を潰す、それだけだ」
俺は走る。
その勢いのまま男に右拳を叩きつける。ビクともしない。男はニヤニヤと笑い、棒立ちのまま俺の拳を受け止めている。
俺はすぐに身を屈め、男の振り回しただけの拳を回避する。それは、ただ振り回しただけの一撃のように見える。だが、喰らってしまえば、先ほどと同じように簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。当たり所が悪ければそれは致命的な一撃になってしまう。
俺は身を屈めたまま、両手を地面につけ、体を回転させ、男の足を払う。
……。
動かない。
ビクともしない。
勢いよく蹴りすぎたからか、こちらの足が折れたかもしれない。
「この体。完成された完璧な体。不老、不死、不壊! 無敵の完全なる存在! 私こそが神」
男が片足をあげる。
こちらを踏み潰すように、その足を落とす。
俺は地面につけた両手を勢いよく離し、飛び、退ける。
自分の足を確認する。折れている。
大きくため息を吐き、体のナノマシーンを活性化させ、折れた足を再生させる。完全に再生させる時間は無い。だが、立ち上がるのに問題が無い程度に回復すれば良い。
俺はよろよろと起き上がる。
「まるで金剛。お前の体……確かに完璧な体なのかもしれない。だが、完璧な知性、知恵までは獲得出来なかったようだな」
俺は自身の頭を軽くトントンと叩き笑う。
「愚かな。くくく、ふぁふぁふぁ、神を愚弄する愚かさをその身に刻め。死ぬが良い」
男の体が光る。
金色に輝き、その光りが広がる。
俺は右手を盾にして光りを受ける。
体が焼ける。
体が溶ける。
このままでは死ぬ。
死ぬのは不味い。
これだけはやりたくなかったが、仕方ない。
俺は全身を人狼化させる。体が再構成され、溶け始めていた体が人狼の姿へと変化していく。着ていた服が弾け、毛深く、太い、大きな体が現れる。
獣の咆哮。
心の奥底から破壊衝動が沸き起こる。
このまま目の前の男を叩き潰せ。
破壊しろ。
飛びかかれ。
潰せ!
……。
……。
……。
……。
……くだらない。
俺は犬歯を噛み潰すように強く食いしばり、耐える。
沸き起こる破壊衝動を抑え込み、踏ん張る。
光りが俺を通り過ぎる。
息を吐き出し、元の自分へと体を再構成させる。
俺の体が元の体に戻る。
「そうか、それで?」
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。
「なんだ、と」
目の前の男がギリギリと歯ぎしりしている。先ほどの一撃に俺を殺しきる――それだけの自信が有ったのだろう。だが、俺は、人狼化による体の再構成を使い、その一撃を無効化した。死ぬこと無く、乗り越えた。
俺は走る。
左腕は無事だ。
「くくく、無駄だ。何度も繰り返すつもりか。この完全な体を手に入れた今、それをさせると思うかね」
俺の動きに余裕を取り戻したのか、男が口角を歪め醜く笑う。
なるほど。
水の滴が石を穿つように――ガラス管を砕いた時と同じように、俺が同じことをしようと思っているのだろう。
俺は駆けながら、左腕に仕込んでいた白銀の刃を引き出す。
一閃。
そのまま駆け抜ける。
「それで?」
俺は左腕を振り払い、白銀の刃を収納する。
「なんのつもりだ。そのような刃が……が、が、が」
男の体に線が入る。
男の体がずれていく。
そして、バラバラになった。
全裸vs全裸




