626 ドラゴンファンタジー48
――何故だ。何故だ。何故だぁ!
声が聞こえる。
久しぶりの声だ。
――この壁は特殊加工されている。核ですら壊すことは出来ない。破壊出来ないはずだ。人には壊すことが出来ないはずだ。
「何故? おかしなことを言うものだ。小さな水滴ですら石に穴を穿つことが出来るのに、何故、それが出来ないと思った? 人が造ったものなら必ず壊せる。そうだろう?」
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。
――何故だ。何故だ。
声が聞こえる。
どうやら、こいつに俺の声は届いていないようだ。
「にしても、ずいぶんと長い間、ここに居たと思うが、その間、誰も来なかったな。お前を助けに来る仲間は居なかった。お前は、ずいぶんと慕われているようだ」
俺は目の前の脳に話しかけながら殴る。
小さなヒビを大きく拡げるように殴る。
――私は神。人を超えしもの。私と同等のものは居ない。命令なら誰かを呼ばずとも、ここから下すことが出来る。神の座に他の者など不要。
俺は何度目になるかわからないため息を吐く。
ここから命令が出来るから人を呼ばない?
神だから同等の存在が居ない?
違うだろう。
お前は違うだろう。
「お前は! 恋人を生き返らせるんだろう? そのために死を越えようとしたんじゃあなかったのか! その愛したものですら、恋したものですら、お前は下に見ている。人が来なかった、人を呼べなかった理由は……単純に怖かったからだろう? お前という存在を見られるのが、お前という存在を知られることが! 人を信じられなかっただけだろう? 少しでも殺される可能性を減らしたかっただけだろう? 裏切られるかもしれない。どれだけ鉄壁の守りがあったとしてもそれを抜けてくる奴が居るかもしれない。そう考えていたんだろう?」
――違う。私は選ばれし者。人を超えたのだ。
「本当に愉快な奴だよ、お前は。お前の存在は俺を不愉快にさせる」
俺は目の前のガラス管を殴る。少しずつヒビが大きくなっていく。
――何故、お前はここに居る。何故、防衛システムが動かない。何故だ。
「今更だな」
俺は聞こえてきた声に肩を竦める。
今更、そのことに気付いたのか。
神というメッキを取り繕うことが忙しくて、そのことに思い至らなかったのか。
これだけ死に怯えている奴だ。さぞや立派な防衛システムがあったはずだ。この部屋に簡単に入れたこともそうだろう。
では、何故、それが動かないのか。何故、簡単に侵入が出来たのか。
トビオが何かやってくれていたのか? 悪いがそれは違うだろう。あいつはシーズカのことを言っていた。だが、ここにシーズカの姿は無い。あいつは扉の先がどうなっていたのか知らなかったのだろう。何かアクシードの中枢に関わる特別なものがある、程度の認識だったのだろう。
ナインボールが優れていたからガラス扉を破壊出来た? ナインボールには悪いが、それも違うだろう。
では、何故か?
単純にこいつは自分に甘かっただけだ。
そうだろう?
認めたくないところだが、俺とこいつは同じ存在から生まれたもの――ある意味、同じ存在だと言えるだろう。
自分に甘いこれが自分に傷をつけるような装置を作るとは思えない。単純にそういうことだったのだろう。
――まさか、お前は……あり得ない。神は一人。私こそが本物。偽物の存在が何故、ここに?
俺は大きくため息を吐く。
「俺はお前と違って神という柱になるつもりは無い。なりたくもない。俺は本物でも偽物でもない。俺は俺だ。俺はただのガムだ」
そして、獣化させた右の拳をガラス管に叩きつける。
――その力、その姿。その因子の配合は不要なものだと切り捨てたはず。何故、残っている。
「お前は何故、何故、そればかりだな」
小さなヒビが大きく、全体へと広がっていく。
――馬鹿な。あり得ない。
ガラス管に入ったヒビから中の水が流れ出ていく。その異臭に鼻が曲がりそうだ。この点だけは鼻のない目の前の脳が羨ましくなる。鼻が無いから、こんな異臭のする液体に浸かっていても気にならなかったのだろう。
俺は大きくため息を吐き、大きくヒビの入った目の前のガラス管を見る。
あり得ない?
「そうか、それで?」
――良いだろう。かつての同僚、科学者たちすら生まれ変わらせ、集め、協力させ、創っていたもの。後少しで完全なものに、完璧になるところだったのだが。技術的にはほぼ完成している。この状態でも実用化は問題ないだろう。くくく、この状況、私にも少しはリスクを負えということか。
声が聞こえる。
!
俺の右目に鋭い痛みが走る。右目が起動していないためわからないが、もしかするといつもの警告のようなものが出ているのかもしれない。
そして、その声と同時に、足元のイリスが――イリスたちがさらさらと小さな粉のようになって消えていく。
目の前のガラス管に入った脳も小さな粉となって霧散していく。
そして、その粉が舞い上がり、集まり、一つの形になろうとしている。
それは人だった。
俺をもう少しだけ成長させたかのような人。
人の姿だった。
俺の目の前に全裸の男が現れた。
「ふぁふぁふぁ。これこそ、真の神の姿!」
目の前に生まれた全裸の男が得意気に高笑いしている。
俺は獣化させた右腕を元に戻し、強く拳を握る。そして、そのまま高笑いしている男の顔面に叩きつけた。
男は楽しそうな顔のまま吹き飛ぶ。吹き飛び、ヒビの入ったガラス管にぶち当たり、砕き、その中に突っ込む。
「神? そうか、それで?」
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。




