623 ドラゴンファンタジー45
俺は壁に衝突し、動きを止めているナインボールのところへ戻る。綺麗な流線形だったボディはボコボコに凹み、至る所に大きな傷が残っている。パンドラを使い切り、シールドを張ることも出来なくなったのだろう。黄色いスポーティなクルマが見る影も無い。
俺は車体を撫でる。
「悪いな、出会ったばかりなのに無理をさせてしまった。だが、もう少しで終わりだ。だから、そこまで――最後まで付き合ってくれるだろうか?」
その瞬間、黄色いナインボールに光りが戻る。パンドラが回復した? 俺の想いに答えてくれた訳では無いのだろう。たまたまパンドラの自然回復とタイミングが合っただけだろう。だが、俺にはナインボールが最後まで付き合ってやると答えてくれたように思えた。
俺はドアに手をかけ運転席に飛び乗る。
ハンドルを握る。
行くぜ。
ナインボールを動かし、散らばっている残骸を踏み越え、大きな扉と対峙する。そのままアクセルペダルを強く踏み込む。
扉をぶち破る。通路の両端には奥にあるものを守るためであろう砲塔が並んでいる。砲塔が一斉に侵入してきたこちらへと銃口を向ける。
走る。扉の先に続く通路を走る。砲塔からの銃撃――それよりも早く走る。飛んでくる銃弾よりも早く、一つの流星となって走る。
通路の先にカーブが見えてくる。このままだと壁に当たるだろう。俺はあえて強くアクセルペダルを踏み込み壁へと突っ込む。
アクセル全開、ハンドルを右に切りカウンターを当てる。
ナインボールの車体が滑る。
走る。
進む。
通路の先に透明な――ガラスのような扉が見えてくる。
俺は突っ込む。
これが最後だ。
最後の扉をぶち破れ!
ガラスのような扉を突き破り、そこでナインボールが動きを止める。パンドラ切れだ。もう動かない。最後の最後まで力を振り絞り、使い切った。
――ありがとう、ナインボール。
俺はナインボールに感謝を述べ、降りる。
薄暗い部屋だ。足元にはいくつもの無機質な金属製のパイプが走っている。それらのパイプは部屋の奥――その中央へと伸びている。
部屋の奥に何かがある?
ナインボールから降りた俺はゆっくりと慎重に動く。
暗い。
何も見えない。
足元を這っている無数のパイプに躓きそうになりながら奥へと歩いていく。歩きながら暗闇に目を慣らす。
奥に何か大きなものがある。
……。
俺は歩く。
奥にある大きなものに気を取られていたからか、足先に何かが当たり、つまずきそうになる。
ん? なんだ?
俺は足元に何かが転がっていることに気付く。
暗闇の中、目を凝らし見る。それは人だった。
人が転がっている。
人だ。
人、人、人。
一糸まとわぬ姿の人が――無数の少女が足元に転がっている。
俺はしゃがみ込み、倒れている少女に触れる。
……。
冷たい。だが、死んでいる訳でもないようだ。
死体ならば腐り、悪臭を放っているはずだ。だが、何の匂いもしない。生きているものならあるはずの匂いが何も無い。
生きてもいないが死んでもいない。まるで魂が抜け落ちた残骸のような人。
転がっている少女の顔を見る。見覚えがある。
イリスだ。
目覚めたばかりの頃、俺を助けてくれたイリスだ。
レイクタウンでくず鉄屋をやっていたゲンじいさんの孫娘。そのイリスだ。
足元に無造作に転がっている少女たち。そのどれもがイリスと同じ顔、姿をしている。
複製――クローン?
無数のイリス。
人形のような姿。
生きても死んでもいない。
人造人間でも無い。
なんだ?
なんで、イリスがここに?
無数のイリスが、まるでゴミであるかのように投げ捨てられている。
俺は奥にある大きなものを見る。
俺は足元のイリスたちを踏まないように気をつけながら奥へと歩く。
そして、見えてくる。
奥にあるもの。
その巨大なものを中心としてぼんやりとした光りが灯る。
――死。
声が、
――死が、
聞こえる。
――奪う。
何者かの声が、
――人を、人々を狂わせる。
聞こえる。
――死を越える。
独り言のような、
――全ての人々から死を無くし、
自分に酔っているもの特有の、
――人を超える。
独善的な声が、
――意思の力が物質を超越し、死を克服する。
聞こえる。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
――救うのだ。
それは透明なガラス管に浮かぶ巨大な脳髄だった。




