622 ドラゴンファンタジー44
「わからないな。それが……お前が敵だったはずのアクシードへ寝返った理由なのか?」
「わからないだろうよ! ガム、お前にはわからない。ただ死なないだけのお前にわかるかよぉッ!」
無数の残骸が嵐のように飛び交う。残骸の中のどれかが本体なのだろう。それを見つけ出し、潰せば終わるはずだ。
「わからないな。アクシード四天王のゴールドマン……いや、トビオ。お前が俺をそこまで敵視する理由がわからない。何故だ?」
「くくく、ふぁふぁふぁ、わからねぇよなぁ! そうさ、これは、ただの、ただの俺の八つ当たりだぜ!」
電流で繋がり宙に浮かぶ残骸が竜巻のようにうねり、暴れる。その乱暴な嵐は――どれだけ機動性に優れたクルマでも左右を壁に挟まれた通路では躱しきれ無かった。
飛び交う残骸たちによってナインボールのシールドが削られていく。
……。
このナインボール、もしかするとクルマが生まれた――その初期頃に作られたものなのかもしれない。だからなのか武装が無いだけではなくパンドラの容量も非常に小さなものになっている。シールド機能もオマケのようなものなのだろう。
パンドラを使ってクルマが動かせるかどうか、その実験作……そんなレベルだ。つまり、何が言いたいかというと――
「トビオ、その扉の向こうには何がある? それはお前が守る必要があるものなのか? 俺と敵対してまで、命を賭けてまで守る必要があるものなのか?」
俺はどれが本体かわからない残骸に呼びかけ、時間を稼ぐ。
「守る? 俺が? はっはっはっは! ここに何があるのか、誰が居るのかも知らずに来たのか!」
この声――声は何処から聞こえている?
あの機械の体だ。声はスピーカーから流しているだけだろう。声の元を辿ったとしても、そこに本体は――核は無いはずだ。
では、何処に?
「知らないな。だが、アクシードの施設なら潰すべきだろう?」
俺は声が何処から聞こえてきているか探る。
「ガム、時間稼ぎか。お前のクルマ、その化石のようなクルマ、もう限界が近いんだろ? もうシールドが消えるんじゃあないか? だから、時間を稼ごうとしているんだろ?」
飛び交う残骸だけではなく、壁に設置された砲塔からも銃弾が襲いかかる。
「トビオ、もう少し会話に付き合ってくれても良いだろう? 俺とお前、かつては共に戦った仲だろう?」
声の位置は特定した。
飛び交う残骸の中央。そこから声が聞こえている。
「ガム、お前は死ぬべきだった。お前は、あのまま死んどけば良かったんだよ! 何故、生き返った? 何故、お前は生き返る? 何故、お前だけが生き返る! 何故だ!」
こいつが言うようにナインボールのシールドは限界が近い。後、数秒で削りきられ、攻撃をもろに受けることになるだろう。パンドラがきれたクルマなんてただの金属の塊でしかない。ただの棺桶だ。
俺は飛び交う残骸の中央を見る。
声が聞こえてきている場所。
だが、そこでは無いだろう。
あまりにも露骨過ぎる。
俺はナインボールを残骸の中央へと突っ込ませる。その状態でハンドルから手を放し、立ち上がる。
布を巻いただけの眼帯に手をかける。
一瞬だけ、眼帯を持ち上げる。
そして、見る。
声が聞こえてきている場所。そこに本体は無い。
だが、何も無く声を出すことは出来ないはずだ。
音声を流すための指示が本体から飛んでいるはずだ。
俺はそれを見れば良い。
何処から指示が飛んでいるのか?
右目で見る。
電流、電波――流れ。
そして、見つける。
そこか。
俺はナインボールから飛び降り、残骸の嵐に身を晒す。飛び交う残骸が俺の体を、肉を、抉り、削っていく。両手で顔を守り、そのまま突っ切る。
指示は――地面に転がっている石ころから発せられていた。
俺はその石ころを拾う。
「トビオ、言い残すことはあるか?」
「……シーズカを助けてくれ」
「わかった」
俺は拾った石ころを握りつぶす。
……。
飛び交っていた残骸が、その力を失い地面に落ちる。
砲塔からの銃撃も止まる。
この石ころの中にトビオの記憶が詰まったチップが入っていたのだろう。それが粉々になった以上、もう命令は飛ばない。指示は出ない。届かない。
終わりだ。
「……トビオ。馬鹿な奴だ」
俺は一人呟く。
そんな俺の前に声が届く。
[相棒、気にするんじゃあねえよ。俺はとっくに死んでいた。それは俺の記憶をコピーしただけの機械だ。ただ俺が救いたかったシーズカのために、作業を続けさせていただけの人形に過ぎないのさ]
「そんなこと、知っていたさ。わかっていた」
トビオの声。
それはナノマシーンが記憶していたものだろう。
目に見えない小さな機械は命令に従って音声を再生しただけだ。
幻でも、幽霊でも無い。
ただ、それだけのものだ。
最後の最後に、ただ、俺に伝えるためだけの残響――でしかない。




