062 クロウズ試験29――疑問
何とか動くようになった足を無理矢理動かし、走る。
巨人が壊しながら歩いてきたこの通路は天井が開いているからか妙に明るい。爆発する竹が生えていた方とは大違いだ。
床や壁がコンクリートなのは変わらない。
走る。
そして、壊れた壁の先に開けた場所を見つける。
壊れた壁、か。中には補強用の鉄芯が入っているはずなのに、それを馬鹿みたいに破壊し進んでいた巨人の恐ろしさが良く分かる。ここを壊して巨人が出てきたのは間違いないだろう。
壊れた壁に手をかけ、中に入る。
中はかなり広い。ちょっとした運動場くらいはありそうだ。あの巨体が生産された場所なのだから、それも当然だろう。
中央には大きな手術台のようなものがあり、その周囲に観音像や蟹もどきのパーツと思われるものが転がっている。
ここが蟹もどきや観音像を作っていた生産場か。
この中央にある手術台と、その上にあるドリルような機械……これを破壊すれば生産は止まる。
……とでも、思うのだろうか。
『セラフ』
『ふふふん、馬鹿にしては考える』
セラフも同じ意見のようだ。
ここで蟹もどきを作っていた?
多分、作れるのだろう。いや、もしかすると、以前はそうだったのかもしれない。この工場跡が、本来の工場跡だったときならそうなのだろう。何故、観音像だったのかという謎は残るけれど、それは今は関係ない。
俺の右目に表示されたレーダーに光点が表示される。セラフが気を利かせたのか、それとも早くしろと言っているのか。
赤い光点の位置にあるのは壁だ。
壁だな。
さて、どうすれば良いのだろう。
『ふふん、手をかざせばぁ?』
なるほど。
壁に手をかざす。すると、それに合わせ、音も立てず目の前の壁が消えた。
壁が消える? それとも元から壁が存在していなかったのか?
この先に何があるのか。
多分、この先が本当の生産場か。生産をコントロールしていた場所だろう。後で追加された、生きている工場だ。
通路はコンクリートの壁から金属の壁に変わっている。壁に触れてみる。冷たい。そしてかなり硬そうだ。鉄……ではなさそうだ。あの観音像たちと同じもののような気がする。作られた素材が同じだということではない。表面を覆っている――うっすらとした力のようなものを感じる。それが同じ……もしかするとこれがシールドだろうか。
この通路も守られているということか。
金属の通路を歩いて行く。
『ふふん』
『分かってる』
通路の先に誰かいる。
……向こうもこちらに気付いているようだ。
不意打ちは出来そうにない。いや、そもそも相手が敵かどうかも分からない段階でそれを前提とするのは不味いだろう。
俺は頭を振る。こんな生産場の隠し通路の先に居るような相手が敵かどうかも分からない? なんてお気楽な考えだろう。
いや、無意味だ。気付かれてしまっている段階では考えても無駄だ。
待ち構えていたのは――女だった。女は黒を基調とし機能美を重視したかのようなデザインの制服を着ている。何処かで見たかのような、いや――確実にクロウズのオフィスで見た姿だ。受付に立っていた女と同じ姿をしている。
こちらに気付いた――気付いていた女が微笑み、頭を下げる。
「お客様、これより先に進むのはオススメしません」
お客様ときたか。
「それは何故だ?」
「聞かない方が良いですよ」
顔を上げた女は見るものを魅了する精巧な顔で微笑んでいる。
なるほど。あの通信してきたオフィスのマスター、オーツーは賞金首が倒されたことを確認したと言っていた。自分の手駒を配置していたということか。そして、この女が今回の試験を、現れる敵の数や強さを――戦場を支配していたのだろう。
「無理矢理通ると言ったら?」
俺がそういった瞬間だった。
目の前の女が消えた。そして、次の瞬間には俺の喉元に手刀が突きつけられていた。
「お客様、出来ない事は言わない方がよろしいですよ」
見えなかった?
俺がまったく反応出来なかった?
おかしい。
人が動くための予備動作、波というものが一切感じられなかった。
どうやった?
「オフィスの受付嬢さんがこんな場所で何をやっているのか、少し疑問に思っただけだよ。こんな場所ではお客も来ないだろうから随分と暇だろう?」
「いえいえ、こうしてお客様がいらしていますから。どうしてもイレギュラーは発生するのですよ」
「そうか、お仕事は大変だ」
「ええ。あなたもこれからはクロウズの一員として同じ苦労を共にしていただけると幸いです」
女が可愛い顔で微笑んでいる――その手を俺の喉元に当てたまま微笑んでいる。
さて、どうしたものか。
と、そこで女の様子が変わった。
突如、距離を取り自身の耳に手を当てる。そして、改めてこちらを見る。
「お客様、あれを倒したようですが、どうやったのです?」
どうやった? あれというのは、あの巨人のことか。
「どうやったんだろう」
「映像が途切れているようですが、偶然そのようなことが起こるとは思えませんよ」
俺は肩を竦める。
「倒せないような相手を試験に出すのか。酷いな」
「いえいえ、勝てないような強敵から逃げることを教えるのも大切なことですから」
女はこちらを安心させるような優しい顔で微笑んでいる。
まるで機械のように出来過ぎた顔だ。
この女もオフィスの窓口に居た女たちと同じように人造人間か。先ほど、動きが読めなかったのもそれが理由か。
厄介だ。
正直、ここで帰っても良い。とりあえずオフィスと敵対するつもりはない。オフィスとやらがどれくらいの規模の組織なのか分からないが、何も分からない自分が立ち向かえるとは思えない。ならば利用した方が良いだろう。
さて、どうしようか。




