614 ドラゴンファンタジー36
砂漠を走る。砂に足が取られる。追いつけない。
そして、竜に逃げられる。
空を飛ぶ竜と空腹と疲れで動きの鈍った俺だ。結果は分かりきっていたことだ。
……。
俺は空を見る。
竜が飛んでいった方角はわかっている。
俺は歩く。
歩き続け――やがて、いくつかの建物が見えてくる。建物? どういうことだ? 人の姿も見える。人が生活している。あの竜は人里を目指していたのか?
俺は通りを見る。人の姿はまばらだ。その人々は、何をするでもなく、ふらふらと通りを歩いている。ここからでは亡者の住む町にしか見えない。
砂漠にある町、か。
見覚えの無い場所だ。多くの場所を旅したが、ここに見覚えは無い。砂漠にある町といえばマップヘッドだが、あそこは防壁に囲まれている。こんな砂漠に建物が並ぶ異常な町では無かった。
……。
異常だ。悪い予感がする。だが、それでもやっと見つけた人里だ。踏み込み、話を聞いてみるべきだろう。
俺は警戒しながらも普通に建物が並ぶ人里へと近づいていく。
その時だった。
こちら目掛けて何かが飛んでくる。
それは、小さな――羽の生えた小さな人間だった。
妖精? そう、まるで物語に出てくる妖精のような姿をした小さな人間だ。ミュータントなのだろうか? だが、ミュータントの中に、こんな小さな姿のものが居ただろうか?
「あなたは誰?」
羽の生えた小さな人間が話しかけてくる。
……。
俺は腕を組み考える。喋ったな。しかも、俺が理解出来る言葉で喋った。
「ここは何処だ?」
俺は質問に質問で返す。羽の生えた小さな人間は少しだけ首を傾げ、それでも答える。
「ここはハイドランドだよ。今、この国は大変なことになっているんだ」
俺は羽の生えた小さな人間の言葉に、思わずため息が出そうになる。
消火栓?
いや、違うか。隠れる大地とか、そういう感じだろうか。にしても、国、か。
俺は改めて周囲を見回す。砂だ。砂漠だ。そこに建物が並んでいる。
……これが国、か。
この羽の生えた小さな人間は、俺のここが何処か? という質問に、国を――国名を答えた。この羽の生えた小さな人間は国王か何かなのだろうか? もし、一般村人ならば、ずいぶんと教育の水準が高い国だと言わなければならないだろう。俺が外からやって来た人間だと即座に理解し、国名を答えるのだから。
「そうか、それで?」
「あなたも見たでしょ。あの空を飛ぶドラゴンの姿を。二ヶ月ほど前からこの国はドラゴンの脅威によって滅びの危機に瀕しているんだ」
俺は羽の生えた小さな人間の言葉に大きなため息を吐く。ため息を我慢することが出来なかった。
「お前はこの国の王か何かなのか?」
俺は聞く。
「え? 違うよ。この国に住む一般フェアリーの一人だけど?」
俺は羽の生えた小さな人間の言葉に肩を竦める。
二ヶ月ほど前、か。この国は暦があり、月単位で管理され、それを一般人が理解している、と。しかもそのドラゴン? とやらの襲来を二ヶ月ほど前と正確に理解するほど暦が一般的だ、と。まぁ、59日前です、とか言われるよりは余程、あり得そうなセリフか。
「わかった。この国が危機的状況だということは、よーく分かった。が、今、俺は飢えと渇きで死にそうだ。何処か食事が出来る場所に案内して貰えないだろうか?」
「それなら酒場に案内するね」
羽の生えた小さな人間が円を描くようにくるくると飛び回る。どうやって飛んでいる? この羽の生えた小さな人間を設計した馬鹿は羽が生えていたら空が飛べると思っていたのだろうか。この羽の生えた小さな人間が羽ばたいている様子は無い。何のための羽だ? 飾りか? いや、そもそもどうやって浮いている? 動いている? 揚力は?
まさに魔法だ。
……。
右目が治ったら改めて、この羽の生えた小さな人間を見てみたいものだ。地面から、この羽の生えた小さな人間を支えるナノマシーンでも見えたかもしれない。
俺は羽の生えた小さな人間の案内でハイドランドという名前の国に入国する。
通りを歩いている人は多く無い。多く無いその殆どがふらふら、くるくると時間を潰すように同じ場所を歩き続けている。異様な光景だ。
羽の生えた小さな人間に案内されるまま酒場へと向かう。
酒場――スイングドアを抜け、中に入る。そこではいくつかある円形のテーブルで酒を飲み小さく乾杯する人々の姿と、カウンターでこちらを待ち構える大男の姿があった。
羽の生えた小さな人間は大男のところへと飛んでいく。俺はその後を追う。
「坊主、ここに何の用だ? ここは冒険者の酒場だぜ。まさか酒を飲みに来たとは言わないよな? 冒険者になりに来たのか?」
そしてカウンターの大男はそんなことを言いだした。
俺は大きくため息を吐く。
悪趣味だ。
ここはずいぶんと悪趣味な場所だ。
「まずは飲み物を。そして食べるものを貰いたい。だが、あいにくとお金を持っていないのだが、どうすれば良い?」
俺は大男に確認する。
「それなら冒険者になると良い。冒険者になれば支援金が貰えるぞ。それを使って飲み食いすれば良い」
「その冒険者とやらは何だ?」
「魔物を倒すのが仕事の連中さ。魔物を倒せば、金が手に入るぜ」
大男は俺の質問にそんな答えを返す。
俺は肩を竦める。
魔物?
倒すべき敵のことなのだろう。
だが、それは何処に居るというのか。
俺がこのハイドランドとやらに来るまでに、生き物は見かけなかった。砂漠には何も居なかった。
……。
俺は俺を墓場に埋めたのがアイダかイイダだろうと思っていた。だが、どうも違うようだ。あり得るのはアクシードの連中だろうか。俺はミメラスプレンデンスを倒した。あの時、あの場に、俺が死んだ後、連中の後続部隊が到着した可能性は高い。
アイダとイイダがどうなっているのか。俺が教えた二人が連中にやられたとは思えない。だが、二人はクルマが使えなくなっていた。不安は残る。
「おいおい、それでどうするんだ? 冒険者になるのか?」
大男がそんなことを言っている。
「そうか、わかった」
「そうか! 冒険者になるのか」
俺は首を横に振る。
「俺の答えは……」
俺は右の拳を握り、大男へと叩きつける。
「悪いな。竜退治はもう飽きた」
俺の一撃で大男が大きく吹き飛ぶ。
こんな場所で、こんなつまらないアトラクションを遊んでいる場合では無いだろう。
まずは食事と思っていたが、後回しだ。
ここを破壊する。
ここで暴れれば、ここを管理しているシステムが何らかの反応をするだろう。




