613 ドラゴンファンタジー35
俺は周囲を見回す。
見覚えのない場所だ。
砕けた墓石が並び、遠くには崩れた建物も見える。枯れ木なども見えるから墓地としての雰囲気は充分だ。
……ここは廃墟か?
俺が死んだのはハルカナの街の近くだった。そこからあまり離れた場所ではないと思うのだが、どうにもわからない。ここがハルカナの街の近くであれば必ず見えるはずのビッグマウンテンが見えない。周囲に山らしきものが見えないのだ。地形が変わるほどのことがあったのか、それともここがビッグマウンテンなのか。いや、ここがビッグマウンテンならば、もっと空が近いはずだ。空気が薄くなければおかしい。
本当にここは何処なのだろうか?
俺は右のこめかみを軽く叩く。
……。
……。
……。
……ん?
起動しない。
右目が動かない。
俺が死に、埋められている間に破損してしまったのかもしれない。いずれ再生し、直るとは思うのだが、俺とは別系統の命令で動くナノマシーンで構成されているため、それがいつになるのかわからない。
現状、右目を介して、ここが何処か調べることは不可能、か。
仕方ない。
適当に動くか。
その途中で――誰かと出会った時に、ハルカナやマップヘッドなどの大きな街への道を聞けば良いだろう。
そうするとして、だ。とりあえず何か行動の指針になるようなものが見つからないか、ここを少し調べてみよう。
まず、俺は墓石を見る。
俺の墓だ。墓だと思われるのだが、その墓石には何も書かれていない。無縁仏扱いだったのだろうか。並んでいる墓石のどれにも何も書かれていない。崩れているものも多いが、さすがに風化して文字が読めなくなった訳では無いだろう。これは元から何も書かれなかったと思うべきだ。墓碑銘の無い墓が並ぶ墓場。違和感がある。だが、それで何か分かる訳でも無い。
次に俺は、俺が埋められていた場所を見る。土だ。普通の土だ。乾燥して固くなっているようだが、特に変わったところはない。後は土に混じり、木枠のようなものが見える。どうやら木製の棺に俺は入れられていたようだ。俺が土の中に閉じ込められていたのは、その棺が何らかの(年月で風化した、腐った、土の重さに耐えられなかったなどの)理由で崩れたからだろう。
次に見るべきは崩れた建物か。
崩れた建物を見る。石……いや、煉瓦か。煉瓦を積み上げて作られた建物だったようだ。建物は半分ほど崩れており、外からそのまま中が見えている。俺は建物の中に入る。
……。
……。
建物の中には何も無い。もしかすると机などが置かれていたのかもしれないが、今は何も無い。雨風に晒され、崩れ落ちたのかもしれない。
何も無い建物だ。
もしかすると、ここで墓守が暮らしていたのかもしれないな。
……。
周囲に人の気配は無い。
一通り探索をしたが、わかったのは、ここにとどまる必要が無いということくらいだろうか。
俺は転がっている細長い石を拾う。その石を地面に垂直に立て、手を放す。石が倒れる。
……。
行くか。
俺は石が倒れた方へと歩いて行く。
ここが何処かわからないのならば、進む道を――方角を決めるのは運に任せても良いだろう。
俺は歩く。
黙々と歩く。
空腹に耐え、喉の渇きに耐え、ただただ歩く。
足元の乾いた大地が、さらさらとした砂地に代わる。
歩く。
いつの間にか周囲は砂だらけになっていた。
見渡す限り一面の砂、砂、砂、砂、砂。
砂だ。
どうやら砂漠地帯に足を踏み入れてしまったようだ。
喉の渇きに耐えながら砂漠を歩く。
俺は右目に手を当てる。何も反応しない。
……。
俺は服の袖を破き、それを右目にかぶせ眼帯代わりに巻き付ける。
……。
うん?
服の袖を破いた時に気付いたのだが、ポケットに何か入っているようだ。
……。
これはガムか。
俺はポケットに入っていた古びたガムを取り出し、包装紙を破く。そのまま口に入れる。コーヒー味のガムだ。これで少しは喉の渇きと飢えが誤魔化せるだろう。
誰が俺の服のポケットにガムを入れたのだろうか。餞別の代わりだったのだろうか。
ガムを噛む。
ガムを噛みながら砂漠を歩く。
ただ歩く。
……。
何処までも広がる砂漠に俺は味のしなくなったガムを吐き出す。
右目の眼帯に手を置く。
再生はしていない。
まだ時間はかかるようだ。
砂漠を歩く。
ギラギラと太陽が照りつける砂漠を歩く。
何も無い。
砂があるだけだ。
暑さに耐えながら歩く。
……。
と、その時だった。
何か悲鳴のような大きな声が聞こえた。
俺は、音がした方を、空を見る。
何かが空を飛んでいる。
それはとても大きなものだ。
アレは……なんだ?
翼の生えた蜥蜴のようなものが空を飛んでいる。
まさか竜か?
大きさは……全長十メートルクラスか?
ずいぶんと大きい。大きいものが空を飛んでいる。
俺は幻でも見ているのだろうか?
あり得ない。
どれだけ体重が軽かろうとあの巨体が、翼を羽ばたかせ空を飛ぶなんてあり得ない。
どういうことだ?
まるで魔法の力で――
まさか、ファンタジーな異世界に転移でもしたというのか。それとも死んで生まれ変わったのか。
あり得ない。
そんなことはあり得ない。
俺は走る。
走り、空を飛ぶ竜を追いかける。
とにかく竜が飛んでいった方へと向かえば何かがあるはずだ。
そうすれば、ここが何処なのかわかるはずだ。




