611 ドラゴンファンタジー33
キュルキュルと無限軌道を響かせ、こちらへと迫っていた大型のクルマが、俺たちの前で止まる。見覚えのあるクルマだ。このクルマも、以前、盗人野郎が使っていたものだったはずだ。このクルマも譲り受けたものだと言っていたが、それをどこまで信じて良いのか分からない。
その大型のクルマから、俺の予想通りにロボと名乗った女が降りてくる。
「そこのあなた、戦いは終わったようですが、父さん……英雄はどちらに?」
ロボと名乗った女が周囲を見回し、こいつにとってちょうど良いところに居たからか俺に話しかけてくる。
英雄?
ああ、そうか。俺の予想通り、こいつはあの盗人野郎の娘だったのか。
にしても、英雄、か。
あの男が、英雄か。
かつての――有名クロウズのクルマを受け継ぎ、街の生命線である橋を封鎖していた凶悪な賞金首を倒し、何度も街を守り抜いた英雄。
この女にとっては、父親は確かに英雄で、それこそが真実だったのだろう。
だが、俺にとっては、クルマを奪い、名声をかすめ取った――偽りと嘘に塗れた盗人でしかない。
「その男なら、そこに転がっている」
俺は盗人野郎を投げ捨て場所を指差す。
「なんですって!」
ロボと名乗った女が転がっている首無し死体の方へと走っていく。それとは別に、ロボと名乗った女が乗ってきたクルマから眼鏡をかけた女が降りてきた。その眼鏡の女が俺の前へとやって来る。
俺は眼鏡の女を見る。眼鏡の女はため息を吐き、やれやれと言った顔を見せながら口を開く。
「あのお嬢さんには困ったものですね。あなた、何があったか早く説明するように」
眼鏡の女は、わざとらしく眼鏡を持ち上げながら俺に話しかけてくる。俺は小さくため息を吐き、肩を竦める。
「あんたは?」
作戦説明会で見かけなかった女だ。
「私はオフィスの職員です。あなたもクロウズなら、私に説明する義務がありますよ」
眼鏡の女――こいつはずいぶんと偉そうな態度で俺に命令をしてくる。俺は大きなため息を吐く。
この女は人造人間では無いようだ。マザーノルンが消え、その後の、新生したオフィスの職員なのだろう。この女は勘違いしている。オフィスの職員がクロウズよりも上だと思っているようだ。そして、盲目的に上の者に下々が従うと思っているタイプなのだろう。そんな考えで荒くれ者ばかりのクロウズたちをまとめることが出来るのだろうか。
俺の態度が気に入らなかったのか、眼鏡の女は眼鏡を持ち上げ、睨むような目でこちらを見る。
「早く答えなさい」
「眼鏡のサイズがあってないようだが、調整したらどうだ?」
「あなたは!」
眼鏡の女がヒステリックに叫び、腕輪型の端末を操作する。そして、何か面白いことが見つかったのか、こちらを見てニヤリと笑う。
「ガムアさん、あなたはずいぶんとクロウズランクが低いようですが、ああ、なるほど。あなたのランクでこの作戦に参加出来たのは、強者に寄生してですか。そうすることでうまい汁を吸おうと考えたようですね。ですが、その態度は駄目ですね。この私の権限で、あなたのクロウズランクを下げることにします」
眼鏡の女はずいぶんと得意気だ。クロウズランクを下げると言えば、俺が泣いて謝るとでも思っているのだろう。
俺はもう一度大きなため息を吐く。
「……マザーノルンの手抜きだな。どうにも似たような性格の奴らばかりだ」
「何か言いましたか?」
「いや、何も。好きにすれば良い。下げたいなら下げれば良い」
俺は肩を竦める。今更クロウズランクが下がろうがどうでも良いことだ。
「あなたは! わかりました。後で後悔しても遅いですからね」
眼鏡の女はそう言いながら俺から離れていった。他のクロウズに話を聞きに行ったのだろう。
「師匠、師匠。どうするつもりですの?」
イイダが聞いてくる。俺はただ肩を竦める。
「ねぇ、師匠。殺したのはやり過ぎだったんじゃないかな? さすがに僕たちを巻き込んで攻撃してきたのはムカつくけど、それだけで殺すのは、ちょっと」
アイダは転がっている亡骸に縋り付いて泣いているロボと名乗った女の方を見ながらそんなことを言っている。
殺したのはやり過ぎ、か。
そうだろうか?
どうだろうか?
アイダもイイダも俺と盗人野郎の関係を知っている訳ではない。二人は何も知らない。
そして、やはり、この二人もトールハンマーの一撃で命が無かったかもしれないとは思わなかったようだ。
「あの一撃、か。俺が居なければお前たち二人は死んでいたはずだ。そうだったとしてもか?」
「ははは、師匠、何言っているのさ。最初は驚いたけど、シールドで耐えれば良かった話だよ」
「そうですわ。師匠が簡単に弾いて……いた、のに……」
白銀の刃で弾くことが出来たから、その程度の威力だと思っていたのだろう。正確には斬ったのだが……まぁ、そこはどちらでも同じか。イイダは俺の言葉が本当だと気付いたのか真っ青な顔になっている。
俺はため息を吐き、肩を竦める。
そして、亡骸に縋り付いて泣いているロボと名乗った女を見る。ウルフは、俺にとってはただの小悪党だったが、あの娘にとっては、父で有り、英雄だったのだろう。この女も父親と同じ小悪党だったならば、俺としては気持ち的に楽だったのだが、俺がこの女について知っているのはワガママに育てられたであろう少し傲慢な姿だけだ。何か悪事に手を染めているだとか、そういった情報は手に入れていない。
そのロボと名乗った女のところに眼鏡の女が駆け寄り、何かを囁いている。泣いていた女は眼鏡の言葉を聞き、そして、泣き止み、睨むような目でこちらを見る。どうやら情報収集を終えた眼鏡の女が俺のことを伝えたようだ。
ロボと名乗った女が怒りの表情で俺の方へと歩いてくる。
「あなたは! 父のクルマを奪うために、父を、英雄を、殺したのですか! お前ごときが!」
そして、そう言った。
俺はただ肩を竦める。
「英雄、か。その英雄は俺ごときに殺される程度なのか?」
「何か卑怯な手を使ったのですね! よくも、そんな!」
ロボと名乗った女が持っていた銃を構える。それに反応してイイダがマチェーテを構えようとする。俺は片手でそんなイイダを止める。
「そうか、それで?」
俺は肩を竦める。
その俺の――胸が撃ち抜かれる。
ロボと名乗った女が引き金を引いていた。
心臓を撃ち抜かれている。なかなかの腕前だ。
「これで……気は……晴れたか?」
俺の口から血が溢れ出す。致命傷だ。
助からない。
俺は死ぬだろう。
そう、死ぬ。
だが、それも良いだろう。
アイダとイイダ、二人を鍛えるという依頼はすでに完了している。
「二人とも……動くな。俺のことは気にせず、後は……好きに生きろ……」
俺は二人に告げる。
「師匠!」
「師匠、そんな!」
二人が俺を見る。
これで終わりだ。
次回は2024年4月2日(火)の更新予定となります。よろしくお願いします。




