610 ドラゴンファンタジー32
俺は真っ赤なクルマから降り、崩れ落ちたミメラスプレンデンスの元へと近づいていく。こいつも俺と同じ不老不死だ。今は死んでいるように見えるが、油断はするべきではないだろう。
「師匠、見ました? 倒しましたわ。私の勝利ですわ」
イイダは鼻息荒く得意気に胸を張っている。
「ねーっちゃん、みんなの勝利だよ」
「ええ、私たちの勝利ですわ」
得意気な二人を無視して俺はミメラスプレンデンスを押え込む。まだ生き返る様子は無い。
「師匠、何をしているんですの?」
イイダがミメラスプレンデンスの背中からマチェーテを引き抜き、それを自分の肩に乗せ、不思議そうな顔でこちらを見ている。何故、死体を押え込んでいるのか? イイダはミメラスプレンデンスを知らないのだから、この反応は当然だろう。
俺は右のこめかみをとんとんと叩き通信回線を開く。
『ミメラスプレンデンスを沈黙させた。オリハ、お前はどうする?』
『……さすがね』
通信先から返ってきた声は、少しだけ戸惑いが混じっていた。
『それで、どうする?』
『好きにして。私は母さんの意志を継ぐ。母さんと同じように生きるよ』
『そうか、わかった。この個体は潰す』
俺はミメラスプレンデンスの背中に拳を当てる。
「聞こえているんだろう? もう意識を取り戻すくらいは回復しているんだろう?」
押さえ付けていたミメラスプレンデンスが俺の言葉に反応したのか、ビクンと跳ねる。
「う、ごほっ、ごふっ、ごほっ、ふふん。さすがね。ふふふ」
ミメラスプレンデンスはもう普通に喋れくらい回復したようだ。ずいぶんと早い。俺よりも再生能力が高いのかもしれない。
「うわ、生き返った。この人、生き返ったよ!」
「生き返りましたわ!」
「機械化している訳ではなさそうだし、いや、機械化していたとしても死んでたら無理だよ。どういうことだろう?」
「そんなことどうでも良いですわ。生き返ったなら再び殺すまで!」
イイダが手に持ったマチェーテを振り下ろそうとする。俺はそれを片手で――機械の腕で止める。
「待て」
「師匠、どうして止めるんですの?」
イイダは自分の手で殺したいのか、ぐいぐいとマチェーテを押し込んでくる。
俺は大きくため息を吐く。
斬ったところでミメラスプレンデンスを殺すことは出来ないだろう――いや、殺せはするか。殺せるが、すぐに再生するだろう。
足でミメラスプレンデンスを押さえ付け直し、そのまま右手をミメラスプレンデンスの頭へと当てる。
「本体へと帰るんだな。もう諦めろ」
俺はそのままミメラスプレンデンスの頭を吹き飛ばす。
斬鋼拳。
ナノマシーンで造られたミメラスプレンデンス。そのナノマシーンを斬鋼拳で散らしたのだ。もうこの個体が復活することはないだろう。
だが、この個体もミメラスプレンデンスが造ったいくつもある分体の一つに過ぎない。コックローチと似たようなものだ。本体を――本体と言える個体を倒さない限りはいくらでも甦ってくるだろう。身を削り、分体を造り、それでまともに意識を保てるのだろうか? 普通に考えれば精神に異常をきたし、狂いそうなものだ。わからない。そこまでして、こいつらは何がしたいのだろうか。何をするつもりなのだろうか。
「師匠、このお姉さんと知り合いなの?」
アイダが聞いてくる。
「私が倒したかったですわ」
イイダは戦い足りなかったのかマチェーテをぶんぶんと振り回している。誰が、この少女をこんな戦闘狂にしたのだろうか。
……。
俺は肩を竦める。
「それよりもやることがあるだろう?」
俺の言葉にアイダとイイダの二人は顔を見合わせる。
「師匠、依頼は達成したよ」
「そうですわ」
そして、二人は同じタイミング、同じようにポンと手を叩く。
「報酬の受け取り!」
「報酬の受け取りですわ!」
俺は二人の言葉に小さくため息を吐き、もう一度肩を竦める。
「後始末だ」
そうだ。まだやることは残っている。
後始末をしなければ駄目だろう。
俺はこの場所へと向かってきているクルマがあることに気付いていた。戦いが無事に終わったか確認に来ているのだろう。乗っているのは――あのロボと名乗った女で間違いないだろう。
俺は、これから起こるであろう面倒事を思い、大きなため息を吐く。
「師匠、どうしたの?」
「師匠、どうしたんですの?」
二人が俺を見ている。どうやら二人はわかっていないようだ。
さて、あのロボという女にどう説明をしようか。
俺の説明を信じて納得するだろうか。
この場に残っているのは俺とアイダ、イイダだけではない。他のクロウズも居る。こいつらは俺が盗人野郎を殺したところを見ていただろう。
俺の話を信じるだろうか?
あのままトールハンマーの一撃に巻き込まれていたら自分たちも死んでいたと言って信じるだろうか?
盗人野郎の肩書きを信じるような奴だったら、面倒事は増えるだろう。
俺が盗人野郎を殺してクルマを奪ったと思うかもしれない。そう証言するかもしれない。
面倒だ。
面倒すぎる。
このまま逃げ出したくなる。
そんな気分だ。
だが、アイダとイイダの二人をこのままにして逃げる訳にはいかない。
俺はもう一度大きなため息を吐く。
とにかく正直に話してみるか。それで、どう反応するか……動くのはそれからにしよう。
なるようになれ、だな。
ロボという名前の女が乗ったクルマが、すぐそこまで迫っていた。




