609 ドラゴンファンタジー31
イイダの一撃をミメラスプレンデンスは転がるようにして回避する。
「私の一撃を回避するなんて、やりますわね。おほほほほ」
イイダはマチェーテを握ったまま、わざとらしく、あざとく笑っている。
「あらあら。あなたのようなお子様が私に何の用かしら? ふふん、死にたいのなら、殺してあげるけどぉ?」
ミメラスプレンデンスが病んだ瞳をイイダの方へと向けている。奴の注意が俺からイイダの方へ移っている。
俺はダークラットの操縦桿から手を放し、遠隔操作に切り替える。そのままハッチを開け、外に出る。
そのタイミングを狙ったかのように何かが飛んでくる。いや、何か――では無い。俺には何が飛んできたかわかっている。俺はそれを待っていた。
俺はそれを受け取る。
それは手の平サイズの四角い箱だった。
俺はその四角い箱が飛んできた方を見る。そこにアイダが居るはずだ。二人は俺のオーダーを正確に理解し、俺の期待通りに動いてくれた。ならば俺もやるべきことをやろう。
走る。
とにかく走る。
ミメラスプレンデンスは余裕の表情でイイダと戯れている。イイダをいつでも何とでも出来ると思っているのだろう。生意気な子どもに自分との力の差を見せつけ、絶望させよう、と、そんなことでも考えているのかもしれない。
……。
ミメラスプレンデンスはイイダに思い知らせることに夢中で、俺の動きに気付いていない。
イイダを援護するようにダークラットを遠隔操作し、機銃を撃つ。これで向こうは大丈夫だろう。それだけ俺は今のイイダを信頼している。
走る。
俺の目的は――スピードマスターの真っ赤なクルマだ。
走り、真っ赤なクルマに飛び乗る。そして、ハッチの周辺をさらに真っ赤に染めた盗人野郎の汚らしい死体を引っ張り出し、投げ捨てる。邪魔だ。
ハッチからクルマの中へと滑り込む。そして、急ぎ、四角い箱――パンドラを換装する。そう、先ほどアイダから受け取ったのは彼らのクルマに搭載していたパンドラだ。二人のクルマからパンドラを抜いたことで、そのクルマは動けなくなっている。アイダは何も出来なくなっている。ただ、鉄の棺桶で見守ることしか、耐えることしか、出来なくなっている。逃げることも出来ないだろう。
だが、これで終わりだ。
パンドラを換装したことでスピードマスターの真っ赤なクルマに火が灯る。動き出す。
スピードマスター、あんたのクルマを借りる。あんたを殺したのはコックローチだったと聞いている。その仇は討った。今度はその仲間であるミメラスプレンデンスを倒す。悪いが少しだけ力を貸してくれ。
俺はクルマの砲塔を動かす。そして、狙いを定めながら出来る限り出力の調整をしていく。一撃が細く長くなるように。複数の敵を相手にしている訳ではない。範囲は必要ない。いや、それでも、動き回るミメラスプレンデンスを狙うなら広範囲に攻撃出来た方が良いだろう。だが、それではイイダを巻き込んでしまう。だから、エネルギーを収束させる。
俺はあの盗人野郎とは違う。
大義という名前の自己満足のためなら仲間を切り捨てるような――そんな野郎とは違う。
俺は遠隔操作したダークラットの主砲を撃つ。ミメラスプレンデンスを狙ったにしては見当違いな方向へと放たれた一撃。長く俺の弟子をやっていたイイダなら俺の意図をわかってくれるはずだ。
イイダがミメラスプレンデンスに蹴りを放つ。ミメラスプレンデンスがその一撃を受け止める。イイダはその蹴りの反動を利用し、ミメラスプレンデンスから距離をとるように離れる。ミメラスプレンデンスがイイダを追いかける。イイダが手に持っていたマチェーテを投げ放ち、ミメラスプレンデンスを牽制しようとする。ミメラスプレンデンスが飛んできたマチェーテを余裕の表情で躱し、病んだ瞳で笑う。イイダが武器を手放したことでチャンスだとでも思ったのだろう。
だが、それこそが、狙い。
罠。
俺たちの思惑通りだ。
俺はトールハンマーの引き金を引く。
スピードマスターの真っ赤なクルマのパンドラを吸い上げ、充填を終えたトールハンマーから、必殺の一撃が放たれる。それは、収束されたレーザーのように――きらめく針の一撃だった。
俺の調整によって収束され、細められたトールハンマーの一撃がミメラスプレンデンスを守る黄金色の障壁に当たる。ミメラスプレンデンスが不意を突かれた一撃に、一瞬、驚きの表情を浮かべる。だが、すぐに余裕のある普段の病んだ表情へと戻る。
防いだ――そう思ったのだろう。だが、これで終わりではない。終わらない。
照射され続けたトールハンマーの一撃がミメラスプレンデンスの黄金色の障壁に穴を開け――貫く。そして、そのまま障壁の向こうに居るミメラスプレンデンスを撃ち抜く。
黄金色の障壁が砕け散る。
ミメラスプレンデンスの胸に大穴が開いている。生身の人間なら間違いなく即死している一撃だ。
やったか?
いや、やってない。
その一撃程度では倒せていない。そんなことはわかっている。
ミメラスプレンデンスは苦悶の表情を浮かべながらも強く大地を踏みしめ、崩れ落ちそうな体を支え、耐えている。
ミメラスプレンデンスがこちらを見る。
遠隔操作していたダークラットではなく、こちらに俺が居ることに気付いたのだろう。
ミメラスプレンデンス……すぐには無理だろうが、じわじわと体を再生させ、反撃をしてくるだろう。そのつもりだろう。
イイダがその場から離れようとしていた足を止め、反転し、ミメラスプレンデンスへと殴りかかる。
ミメラスプレンデンスは死にかけだ。勝てると思ったのだろう。
「ぐっ、私に大穴を開けるなんてさすがね。さすがだわ。でも、ふふふ、その程度でなんとかなると思うなんて、くくく、ふふふ。甘い、甘いんじゃあないかしら?」
立っているのもやっとであろうはずのミメラスプレンデンスがイイダの拳を受け止める。
「お姉さん、あなたの方が、私を、私たちを甘く見過ぎですわ」
「あま、く? な……?」
ミメラスプレンデンスの、その背にイイダが投げ放ったはずのマチェーテが刺さっていた。
ミメラスプレンデンスが振り返る。
そこに居たのはアイダだった。
イイダはミメラスプレンデンスの動きを止めるためだけにマチェーテを投げた訳ではなかった。アイダへとマチェーテを投げ渡していたのだ。事前に作戦があった訳でも、何か言葉や合図があった訳でも無い。双子だからこその息のあった連携だろう。
その一撃がとどめとなった。
「こんな、こんなこ……」
限界を超えたミメラスプレンデンスが意識を手放し、その場に崩れ落ちる。




