607 ドラゴンファンタジー29
俺はゆっくりと真っ赤なクルマへと歩いていく。
――ウルフ。
本当に悪運が強い奴だったよ。
何処かで死んだと思っていたが、生きていたか。いつもいつも運良く生き延びている。だが、それももう終わりだ。
パンドラを使い切ったこいつは動くことが出来ない。逃げることは出来ない。
……。
俺はゆっくりと真っ赤なクルマへと歩いていく。
「……攻撃? 倒せた? そうか!」
老いた男はブツブツと呟いている。
俺はゆっくりと真っ赤なクルマへ歩いていく。
「ん? なんだ、おま……君は? ああ、なるほど。作戦は成功だ。君たちのおかげで作戦は成功した。さすがは優秀なクロウズたちだ」
老いた男は何故か得意気な顔でそんなことを言っている。
なるほど。俺がお前を称賛するために駆け寄っているとでも思ったのか。
「君たちのおかげ? まさしくその通りだろう?」
俺は老いた男にそう告げる。
アースカーペンターたちをここまで誘導したのは俺たちだ。そして、それを倒したのは俺たちだ。お前は何かしたか? こちらに攻撃をしてきただけだろう?
老いた男は、一瞬、不快そうに顔を歪め、そして、尊大な態度でこちらを見る。
「その通り? それは、ここまで誘導した功績を言っているのかね? 勘違いしてはいけない。それは君一人の力ではなく、皆の協力があってのことだ。そして、あのアースカーペンターを倒せたのは私の作戦と攻撃があったからだ。それを忘れてはいけない。自分の力を過信し、自惚れることは若さの特権だな。私もかつてはそうだった。英雄である、私でもそうだったのだ。だが、それは良くない。君は口うるさい小言を、と思うかもしれない。だが、君もわかる時が来る、力というものは……」
盗人野郎が盗人猛々しく何か言っている。
俺は顔に手をあて大きなため息を吐きながら、顔を横に振る。
「言ってて恥ずかしくならないのか?」
俺のそんな言葉を聞いた盗人野郎は顔を真っ赤にし、何か叫ぼうとする。だが、それをぐっと堪える。堪えている。なかなか愉快な自制心だ。
「傲慢だ。なるほど、君は私に喧嘩を売っているのだね。そうやって私が手を出せばこれ幸いと反撃をし、私を殺して功績を奪い取ろう、と。そう考えているのか? それはずいぶんと傲慢じゃあないか。私がそんな手に乗るとでも? 相手が遙か高みに居るからと、ずいぶんと陳腐な手を使うじゃないか。やはり若いな」
盗人野郎はまだそんなことを言っている。
俺は大きく、もう一度ため息を吐く。
「ウルフ! 俺に、俺の姿に見覚えはないか? 俺がわからないのか?」
俺の言葉を聞いたウルフは大きなため息を吐いていた。
「まさか、お前は? とでも言うと思ったのか。よく居るんだよ、君みたいな輩はね。そんなのをいちいち相手にしてられないのだが、まあいい。今回は特別だ。私が英雄と呼ばれているのはクルマの力だけではないのだよ。知らなかったのか? 高い授業料になったようだね」
盗人野郎が真っ赤な機械の腕をこちらへと向ける。そして、そこから光弾が発射される。
俺は飛んできた光弾を機械の腕に搭載した白銀の刃で斬り、弾く。
「それで?」
「少しはやるようだね。だが、これでも対処出来るかな?」
盗人野郎は両腕の真っ赤な機械の腕をこちらへと向ける。その両腕から次々と光弾が放たれる。
俺はそれを弾く。斬り、弾いていく。
「それで?」
「ま、待て! お前は何をしようとしているかわかっているのか!」
盗人野郎が叫んでいる。
「そうか、それで?」
「わかっているのか! 英雄だぞ。私はハルカナの街の英雄だぞ。お前は一時の功名心にかられ、それに手をかけようとしているのだぞ! 後悔することになるぞ! その後に待っているのは称賛ではない! 批難だ! 英雄殺しという汚名を背負い、忌み嫌われながら生きていくつもりか!」
盗人野郎は必死に叫んでいる。自分の攻撃が俺に何一つ通じないと理解したのだろう。
「悪いが、あまり時間が無い。お前程度の前座に時間をかける訳にはいかないだろう?」
「な、ん、だとッ! 英雄だ! 私は英雄だ! 街を救った。数々の危機を乗り越え、生き延びてきた! それをッ!」
「そうか、それで? お前は物語の主人公にでもなったつもりか? お前が今まで死ななかったのはただ運が良かっただけだ」
「何の権限があって、お前ごときが、この英雄に!」
「ウルフ、お前のような奴を、お前の行動を、盗っ人猛々しいと言うのだろう。そのクルマ、その腕、それはスピードマスターのものだろう? トールハンマーを持っていたのは……確か、七人の武器屋の一人だったはずだ。お前はそれを何処で、どうやって手に入れた?」
俺の言葉に盗人野郎はハッと息を呑む。
「お前……どうして、それを?」
「まだ、わからないのか。それともわからないふりをしているのか?」
「お前は誰だ!」
盗人野郎が叫んでいる。
どうやら、本当に俺が誰かわからないようだ。
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。
「そうか、わからないのか。俺がお前を殺す理由は、お前が俺に攻撃をしたからだ」
「さっきの一撃を言っているのか! あれは街を救うために仕方の無いことだ! そんなこともわからないのか!」
俺は首を横に振る。
「お前は俺と敵対し、そのクルマを盗んだ。コックローチを倒した功績も盗んだだろう? 殺されるのに充分な理由だとは思わないか?」
「何故、そんなことまで……」
盗人野郎の言葉はそこで止まる。
俺が奴の首を刎ねたからだ。
これ以上は聞くに堪えない。
……。
俺は大きく息を吐く。
お嬢の刃でつまらないものを斬ってしまった。
本当はもう少しじっくりと自分の罪を数えることが出来るくらいは追い詰めてやりたかったのだが、仕方ないだろう。
今回は時間が無い。
ある意味、アースカーペンターたちよりも厄介な奴が迫っている。
迎え撃たねばならない。
備えなければならない。
俺はダークラットまで走る。
そして、それは空か降ってきた。
俺はダークラットのハッチを開け、中へと滑り込む。ギリギリだ。ギリギリ、間に合った。
「ふふん。ここかしら?」
空から降ってきた女は長い髪を掻き上げ、こちらを見る。
……来たか、ミメラスプレンデンスッ!




