600 ドラゴンファンタジー22
白銀の刃がクルマの装甲を貫き滑る。
斬り分け、生まれた隙間を抜けるように、俺はクルマの下から転がり出る。そして振り返る。そこにあったのは中途半端に切断されたクルマだった。
俺は顔に手をあて、ため息を吐き、首を横に振る。綺麗に斬り分けることは出来なかったようだ。刃の長さが足りないのだから、当然と言えば当然だ。だが、その程度のことで出来ないというのであれば……足りない。届かない! 俺の刃を届かせるにはまだ足りないようだ。
俺はゆっくりと動かなくなったクルマへと近寄り、獣の足で蹴り飛ばす。ダメージ限界を超えシールドが消えた――パンドラのエネルギー不足に陥っているクルマは、簡単に転がる。ただ重いだけの金属の箱程度なら、人狼化によって得られた馬鹿力で転がすことくらいは可能だ。
人狼化――簡単に馬鹿力を得ることができる、とても便利な力だ。
俺は人狼化させた体を元に戻し、逆さまになって転がっているクルマの元へと歩いていく。
「ば、馬鹿な……」
その転がったクルマのハッチからノーフェイスが這い出てくる。逃げようとしているのだろう。
俺はその這ってでも逃げようとしていたノーフェイスの背中を踏みつけ、動きを封じる。
「それで?」
俺はノーフェイスを見る。俺と同じ顔をしたノーフェイスは脂汗をにじませ、わなわなと震えている。
「聞いてない。聞いてないぞ! こんな化け物が居るなんて聞いてない!」
「聞いてない、か。お前の背後には何者かが居て、お前にはお前の目的があって、この街を襲撃したのだろう。お前のちっぽけなプライドを守るために俺に復讐をしようとしたのだろう。だが、それで? それがどうした? そんなことには興味がない。俺は俺に敵対する者を潰す。それだけだ」
「た、助けてくれ。そうだ、コイルをやる! あ、いや、コイルをやるよ。俺の賞金額は知ってるだろう? その一万コイル以上を出そう。俺を殺すよりもお得だろ? なぁ、おい、どうだ?」
そして、ノーフェイスはそんなことを言いだした。俺はため息を吐き、肩を竦める。
「上手くオフィスの拘束から抜け出せたのだから、そのまま逃げれば良かっただろう? ああ、これはもう言ったか。お前は選択を間違えた。それだけだろう?」
「わかった。じゅ、十万コイルだ。それならどうだ?」
ノーフェイスはまだそんなことを言っている。
「チャンスはあっただろう?」
「た、助けてくれ!」
俺は何度目になるかわからないため息を吐き、終わらせようとする。
その時だった。
俺の横にあったクルマの残骸が砲撃によって吹き飛ぶ。俺は両腕を交差し、その衝撃に耐える。
[師匠ー! 助けに来たよ!]
そして、そんな声が聞こえる。ダークラットに搭載されている外部スピーカーと全方向への通信で喋っているようだ。
アイダ少年とイイダ少女が乗るダークラットがやっとやって来たようだ。
間が悪い。
減点も減点だ。
クルマの物陰に俺とノーフェイスが居ることに気付いてない。レーダーを見れば、すぐにわかることに気付けていない。
いや、待てよ。
あの二人――レーダーの見方がわからないのかもしれない。いくら商人の家系だと言ってもクルマを運転する機会がどれだけあるだろうか? 確かにクルマの運転に慣れているようには見えない。そんなレベルでここまで運転してきて、砲撃まで行なったのは褒めるべきところか?
これから攻撃しますよとわざわざ教えるような通信も減点だろう。援軍が来たとわからせ、牽制するためにやったことなのだろうが、状況把握が足りない。足りていない。
……。
足りないからこそ、そこを補うために俺が居るのだろう。教えるために俺が居るのだろう。
俺は交差し、爆風に耐えていた腕を解く。そして、足元を見る。
爆発と衝撃。その隙をついて逃げようとしたのか、足元のノーフェイスが暴れている。相手が俺でなければ、こいつもここで、このチャンスで逃げられたかもしれない。
俺は足に力を入れ、強く踏み砕く。
「ぐぇ」
足元のノーフェイスはカエルの潰れたような声で鳴いている。こいつを逃すつもりはない。生きてオフィスに届けるつもりもない。間抜けなことをやらかしたオフィスとしては、こいつを生きたまま連れてきて欲しいことだろう。だが、そんなことは俺に関係無い。後顧の憂いを絶つためにも、こいつはここで殺す。
俺はノーフェイスを持ち上げる。ノーフェイスは手をぶらんと下げ、息をしていない。
……。
……。
……。
「なるほど」
俺は、ノーフェイスを殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
ノーフェイスを顔がわからなくなるくらい殴り続け、完全に動かなくなったのを確認する。俺の右目に映る赤い光点が消える。ちゃんと死んだようだ。
さて。
俺は振り返る。
あの二人……。
俺はノーフェイスの死体を引き摺りながら、ダークラットへと歩いていく。
「助けに来ましたわ! あら?」
「あれ? 師匠、助けに来たんだけど、あれ?」
ダークラットのハッチを開け、元気に顔を覗かせた二人はこちらを見て驚いた顔をしている。
俺はもう何度目になるかわからないため息を吐き、顔に手をあて首を振る。
「もう終わった」
600話!




