060 クロウズ試験27――閃光
「はぁ!? ふざけんな。信じられるかよ」
ドレッドへアーの女が叫ぶ。この女の位置からでは巨人の胴体に挟まっている長い棒が見えないのだろう。不用意に近づけば旋風のような巨腕によってミンチにされてしまう。見に行けというのは無理か。
しかしまぁ、この女の言葉……まるで何処かの誰かみたいだ。二倍疲れる。
『はぁ? それ、誰のこと!?』
お前のことだよ。
「別に信じようが疑っていようがどうでもいい。俺が取ってくる。俺が行って取ってくる。それで良いだろう? その代わり、その後は何とかしろ」
目の前に突き出せば、この女も文句は言えないだろう。
「お、おい、小僧。待てよ。お前、その怪我で、あ、あれに突っ込むつもりか」
こちらを引き留めようとしているのか、ガタイが良かっただけのおっさんが俺の肩を掴む。
「ああ。行ってくる。怪我なんてすぐに治る。見ろ。あいつはこの階層にぶら下がっているからか片方の腕は地面に置いたままだろう? 動かしているのは片腕だけだ。動きは早いが単調だ。それにあいつはどうも音に反応して動いているだけのようだ……なんとかなるはずだ」
俺はおっさんに説明するというよりも自分を納得させるために喋る。そうだ、なんとか出来るはずだ。
「お、おい!」
俺はおっさんを振り切り走る。
巨大な腕が迫る。サイズが大きい分、最小の動きでも広い範囲をカバー出来る――それが最悪過ぎる。
足に力を入れる。
「ここでええぇぇぇぇぇッッ!」
足が爆発するほどの勢いで――足だけが人狼化しているかのような錯覚とともに踏み出す。瞬間、抜ける。
振り回された巨人の腕をすり抜け、懐へと潜り込む。
よし、巨人の腕を抜けた。後は胴体に飛び移れば何とかなる。
くそっ。服がズタボロだ。機銃で撃たれる、爆発を浴びる、本当に散々だ。お金が手に入ったら、まずは服を買おう。その次は美味しい食事だ。
「え?」
そこまで考えていたところで……思わず声が出る。
動かないはずの、体を支えていたはずの腕が――目の前に迫っている。
なんだ……と。
動かせたの……かよ!
躱せない。
くっ。とっさに動く方の左腕で体を庇う。
そして、こちらへと振り回された巨人の腕が――その途中で動きを変える。うるさいほどの銃声が響く。
響いている!
「おい、こいつは音に反応するんだろ!」
ガタイが良かっただけのおっさんがサブマシンガンを持ち、それをデタラメに撃ち続けていた。
「な、ぜ、だ?」
「あ? お前みたいな小さいヤツにばかり良いところを取られてたまるかよ! いいから、早く行けッ!」
おっさんを狙い巨人の腕が振るわれる。そして、音が消えた。
俺は走る。
おっさんが作ってくれた隙を無駄にしないため、走る。
そして、巨人の胴へと飛び降りる。ゴツゴツとした無数の観音像で作られた胴体に着地し、そこに挟まった長い棒を目指す。
辿り着く。
足と左腕を使い、観音像と観音像の隙間を無理矢理広げ、長い棒を引き抜く。
棒だ。ただの棒にしか……物干し竿か何かにしか見えない。これで何かが変わるとは思えない。だが、それでもこれで何とかなるというなら試してみるだけだ。
後は、これをあのドレッドへアーの女に届けるだけだ。
巨人の胴体から上を見る。そこでは元気に動いている腕が見える。あそこを再び抜けるのか。
……。
俺は頭を振る。
出来る。出来るはずだ。
もう一度、足に力を入れる。飛び上がる。長い棒を口に咥え、崩れかけた縁に掴まり、左腕一本で体を持ち上げる。そのまま走る。立ち止まるのは自殺行為でしかない。咥えていた棒を吐き出し、左手で持ち、走る。
足が吹き飛びそうな勢いで駆ける。こいつの両腕の動きは単純だ。見切れる。俺なら出来る。
抜ける。
よし、そのままこの棒を、あの女に……。
と、そこで足がもつれる。
足が……?
『ふん。短時間で無理矢理体を造り替えればそうなるのは当然でしょ』
頭の中にこちらを馬鹿にしたかのようなセラフの声が響く。体が、足が麻痺したかのように動かない。
くそ、もう少しなのに……。
「おい、掴まれ!」
おっさんが手を伸ばしている。額から血を流し、肩で息をしているおっさんが俺の方へと手を伸ばしていた。
「生きていたのか」
「殺すな。肩を貸すぞ」
おっさんが俺に肩を貸し、走る。正直、遅い。おっさんも限界に近いのかもしれない。だが、巨人の腕の範囲からは逃げられるだろう。
「最初と逆になった」
「ふん、小僧が。これで本当に貸し借りなしだろ」
おっさんと二人でドレッドへアーの女の元へ戻る。
「取ってきたぞ」
俺はドレッドへアーの女に長い棒を突き出す。
「私のロッド!」
ドレッドへアーの女がひったくるように長い棒を取る。
「おい、小僧に礼くらいは言ってやれ!」
おっさんが叫ぶ。
「ふん。そこで見ていな。科学の力、私の開発したロッドの威力を」
科学の力?
ドレッドへアーの女が長い棒を地面に突き立てる。
何をするつもりだ?
「起動」
長い棒の下部分に線が入り、別れ、そこから四本の細長い足となって長い棒を支える。
「照準」
四本の針金のような足に支えられた長い棒が、その途中で巨人の方へと折れ曲がる。
「開始」
巨人を向いた長い棒の先端に渦が出来る。目視できるほどの圧縮された空気が渦巻く。時々バチバチと火花が飛び散っている。何かの力が集まっているのか?
何が起きる?
「これが科学の力だ。くらえ、発射!!」
長い棒の先端から空気を震わせるほどの雷光が走り、渦巻く衝撃と共に光る線が放たれる。
衝撃。
渦巻く雷光が巨人に当たり、その体を大きくのけぞらせる。いけるか!?
だが、そこで雷光は跳ね返り、天井へと吸い込まれた。天井を貫き、大穴を開ける。
「お、おい!」
おっさんが叫ぶ。
「なんで、なんで! 粒子を跳ね返すなんて、あれ自体に、あのデカブツにシールドでも張ってあるのかよ!」
ドレッドへアーの女が頭を掻き毟り叫んでいる。
「終わりだ」
「き、効かないはずがない。何かの間違いに決まってる!」
俺は巨人の頭上に空いた天井の穴を見る。空まで突き抜けている。確かに恐ろしい威力だ。それを跳ね返す巨人、か。
だが……。
『セラフ』
『ふん、お前に言われるまでも無いから。すでに構造計算は終わってる』
穴が空いている。
空まで穴が空いている。
『グングニル』
開いた小さな穴を抜け、光が落ちる。
クリアしました。




