598 ドラゴンファンタジー20
「オフィスからどうやって抜け出した?」
俺の言葉にノーフェイスは口角を上げ、楽しそうに笑う。
「どうやって? おーっと、どうやって? 面白いことを言うな? どうやって? くっくっくっく、こうやってだよ」
ノーフェイスが自分の顔を掴み――そして、こねる。ぐにゃぐにゃとノーフェイスの顔が粘土のように形を変え、見覚えのある顔に変わる。
「あ、あー、あー、こういう声だったかな? 助けてー、ノーフェイスが私を襲って逃げたんですぅー。どうだ? 似ているか?」
それはオフィスの窓口に居た女の顔だった。
「俺は、自由に顔を、自由に声を、自由に姿形を! 自由に変えることが出来るんだよ! 奴らを騙すなんて楽勝なんだよ! 楽勝なのよ?」
窓口の女の顔になったノーフェイスが、窓口の女の声で楽しそうに笑っている。なるほど、そういうことか。ここのオフィスの間抜けたちは、ノーフェイスの変装に騙されて、まんまと逃がしてしまった、と。そういう訳か。
俺は大きくため息を吐く。
「悪いが、その女に似ているかどうか判断が出来るほど、ここのオフィスに馴染みがある訳じゃない」
「そうかい、そうかい。そりゃあ、残念だ。俺がどれほどそっくりか驚いて欲しかったのになぁ」
もし、これが以前のように窓口の女が、人ではなく、人造人間だったなら――今回のような初歩的なミスは起きなかったはずだ。こいつを取り逃がすことも無かったはずだ。人造人間だった頃の方が良かった……とは言わないが、窓口が人になったことでオフィスの水準が落ちたのは間違いないだろう。
顔や声、姿形をそっくりに変えられる?
それがどうした。
人造人間だったなら、同じ外見をしていたとしても見分けたことだろう。
いや、人だったとしても、注意深い人物だったならば、今回、騙されることは無かったはずだ。なぜなら、ノーフェイス、こいつは大きなミスをやらかしている。オフィスの職員に変装して逃げた? 一番、あり得ない選択だ。子どもにでも変装した方が良かっただろう。オフィスの職員なら必ず市民IDを持っているはずだ。市民IDはナノマシーンと結びついているため、偽造することは出来ない。それこそ、その根源である彼女でも無ければ偽造することは無理だろう。市民IDを確認すれば偽物だということはすぐにわかったはずだ。それだけのことだったのだ。
それすら、しなかった……いや、出来ないレベル、か。
オフィスのレベルの低下に頭を抱えたくなる。
「それで?」
俺は右目に映る二つの青い点を確認する。順調にこの場から離れている。どうやら、この街の門を目指して逃げているようだ。もしかすると街の外まで逃げようとしているのかもしれない。それも悪くない選択だ。
「それで、だと? おほっ、ずいぶんと余裕ぶってるじゃあないか。クルマ相手に生身で勝てると思っているのか? おー、おー、それとも、くくく、あのガキ二人を逃がすために、かな? おほっ、俺が気付いてないとでも? そんな体で、もう助からないからと時間稼ぎか? 泣けるねぇ、涙が出てくるよ」
ノーフェイスは顔をぐにゃぐにゃとこねて、俺そっくりの顔に変えている。
「この顔で、あの二人に会いに行こうか。くくく、その時が楽しみだ」
ノーフェイスは俺そっくりの顔でニタニタと笑っている。
俺は肩を竦める。
「わからないな。ここで待ち伏せするのだって、いつまで待てば良いか分からない、とても面倒なことだったはずだ。そこまでして俺たちを狙う理由はなんだ? 上手くオフィスの拘束から抜け出せたのだから、そのまま逃げれば良かっただろう?」
「おー、言うねぇ。そんな瀕死の体で言うねぇ。はは、何故、逃げないか? お前みたいなガキに舐められたまま逃げられると思うか? ここの仕事を邪魔され、屈辱を受け、こんなザマじゃあよ、俺に次がなくなるだろうが!」
「べらべらと喋る理由は、俺を殺すからか? 死人に口なしか」
「おほっ、良く分かってるじゃないか。その通りだ。半身が吹き飛び、その出血だ。もう長くは無いだろうから、最後くらいは何でも質問に答えてやろうという、この俺の慈悲を……ん? 血が流れてない? 主砲の一撃で焼けたのか?」
俺は大きくため息を吐く。
「なるほど。この傷か」
俺は吹き飛んだ右腕を見る。痛みはある。正直、意識が飛びそうなほどの激痛だ。だが、ただ痛いだけだ。死ぬほどのことじゃない。いや、そもそも、俺は死なないだろう。
俺は右腕があった部分に力を入れる。一瞬にして獣のような右腕が生えてくる。
「な、んだと。その腕、お前! 俺と同じようなミュータントか!」
俺は肩を竦め、少々アンバランスな毛深い右腕を元の姿に戻す。
「それで?」
「ガキが! それならお前が消し炭になるまでエネルギー弾を喰らわせてやる!」
クルマのハッチから顔を覗かせていたノーフェイスが、中に戻る。
さて、と。
俺は街の外へと逃げた青い光点を追う。アイダ少年とイイダ少女は何処に向かうつもりだ?
……。
いや、目の前の戦闘も重要か。そちらにも集中するべきだろう。
目の前のクルマが動き、主砲がこちらを向く。
生身でクルマと戦うのは余程の達人か狂人くらいだろう。
さてさて、俺はどちらなんだろうな。
目の前のクルマの主砲が光り、光線が放たれる。これが俺の右腕を吹き飛ばした一撃だろう。
俺は――
その一撃を左腕に仕込んだ白銀の刃で斬る。
放たれた光線が二つに分かれ、消える。
俺でも上手く斬れたか。彼女のレベルにはまだまだ遠く及ばないが、それでも、なんとか実戦でも使える程度にはなっているようだ。
これならこの戦闘も余裕だろう。
さて、二人はどうなっている?
俺は二つの青い光点を追う。
ん?
二人の行き先に覚えがある。
それは俺がダークラットを隠した場所だった。
……。
さて、これはどうしたものか。まさか、二人は俺が死んだと、これ幸いにクルマを盗むつもりなのだろうか。
青い光点がダークラットと重なる。どうやら、ダークラットの中に入ろうとしているようだ。
ちょうど良い。ダークラットは遠隔操作が可能だ。ダークラットを使って音声を拾ってみよう。
「ねぇ、どうするつもりなの?」
「いくら師匠でも、生身でクルマに勝てる訳がないよ」
「そういうことね。でも、私たち鍵を持ってませんわ」
「なんとか動かせないかな?」
「こういうのは叩いたら動くって聞いたことがありますわ!」
二人はそんなことを言っている。
なるほど、そういうことか。
それなら少し協力しようか。
俺はダークラットを遠隔操作し、操作ロックを外す。これで自由に動かせるはずだ。
「ほら、叩いたら動きましたわ!」
「えー、ねーちゃんが正解なの?」
二人はのんきにそんなことを言っている。
俺が命懸けで時間を稼いでる想定だろうに、二人はずいぶんとのんきなものだ。




