597 ドラゴンファンタジー19
そして、現れる。
地面を突き破って現れたのは甲羅を持った蜥蜴――地竜だ。亀よりは蜥蜴、蜥蜴よりは亀という姿。まさに甲羅をもった蜥蜴。その大きさは大型犬くらいはある。
現れた地竜たちは、人くらいなら簡単に噛み千切ってしまうだろう鋭いくちばしをもった凶悪な見た目をしていた。
それが四匹。四匹がかたまっている。囲まれるよりはマシだが、少々、面倒かもしれない。
その地竜の脳天に矢が刺さる。
アイダ少年のクロスボウから放たれた矢だ。
その一撃で地面を突き破って現れた地竜の一匹が絶命する。
……。
俺は思わずため息を吐きそうになる。が、その途中で止める。思い直す。これはこれで正しい判断だ。一本が十コイルもする矢は、報酬を考えれば使うのに躊躇してもおかしくない。それをためらわずに使えたのは良い判断だろう。
俺は二人に、イイダ少女が敵に突っ込み牽制、その隙を突いてアイダ少年がクロスボウで攻撃するという話をした。だが、それにこだわる必要は無い。だから、このアイダ少年の反応と行動は正しいのだ。
しかし、それは相手がビーストだったから、という上での話だ。これが人や、それに類する知能を持った相手だった場合、攻撃の要であるアイダ少年の居場所を教えかねない安易な攻撃、相手の力量がわからない時点での先制攻撃……と減点行動だろう。先制攻撃というのは有利な状態から一方的に好きな攻撃が出来る最初で最後のチャンスだ。相手の力量がわからない時点で、その手札を使ってしまうのはもったいないだろう。
俺は小さくため息を吐く。アイダ少年が相手の力量を読めるほど戦いに熟練しているだろうか。そんな目を持っているだろうか。
今回はたまたま上手くいった。だが、そう、たまたまなのだ。倒せたから良かった? 確かにそうだ。
たった一つしか無い命をチップとして賭けている以上、たまたまでは駄目なのだ。勝てる状況を作らなければ、そういった場を作らなければいけない。
それでも戦いというものを殆ど――何も知らない状態から一匹倒して見せたのだ。そこは褒めるべきところだろう。
現れた地竜は四匹ほど。一匹倒したので残りは三。地中にはまだ何匹か残っている気配がある。地上に出てきたこいつらは尖兵なのだろう。
「現れやがりましたわ!」
イイダ少女がマチェーテを振り回し、地竜の一匹に突っ込む。敵陣に突っ込むのにわざわざ武器を振り回す必要は無いだろう。威嚇のつもりなのかもしれないが、無駄に体力を消費するだけだ。戦うというのは考えているよりも非常に疲れるものだ。無駄な体力の消費は抑えるべきなのだが……それともこの無謀さを長所として伸ばすべきだろうか。
「よ、は、ちょ、ちょっとなんなんですの!」
地竜が首を伸ばし、イイダ少女に噛みつこうとしている。イイダ少女はマチェーテを振り回し、地竜が近寄らないように牽制している。一匹を牽制するだけで一杯一杯な様子だ。その横からもう一匹がのそりと動き、イイダ少女に噛みついてくる。
「ぬ、ぬわああ、危ないですわ!」
それをイイダ少女が飛び退くように回避する。ギリギリだ。本当にギリギリの戦いをしている。イイダ少女の力量では一匹が適当、二匹でギリギリ、三匹は許容越え、だろうか。
「早く攻撃を、ぬぬぬ、アイダ、早く攻撃するのですわ」
必死のイイダ少女が叫んでいる。
「ねーちゃん、ねーちゃんが邪魔で攻撃が出来ないよ」
そう言いながらもアイダ少年が必死に矢を放ち、地竜の足に命中させる。地竜の動きが少しだけ鈍る。
「アイダ、早く、早く次ですわ!」
イイダ少女がやたらめったらにマチェーテを振り回し、頑張っている。アイダ少年がクロスボウに次の矢を装填しようとし、焦っていたからか、その矢を落としてしまう。アイダ少年は慌てて落とした矢を拾おうとする。減点だ。矢筒にはまだ矢は残っている。落とした矢を気にせず、矢筒から新しい矢を出した方が早い。
マチェーテを振り回していたイイダ少女の動きが目に見えて鈍くなってきている。肩で息をしている。疲れてきているのだろう。このままでは不味いかもしれない。そろそろ俺が動くべきだろうか。
……。
「なんのこれしきですわ!」
イイダ少女が気合いを入れ直し、マチェーテを振るう。そして、振り回していたマチェーテが偶然、地竜の足を斬る。ここが好機と見たのか、イイダ少女はマチェーテに力を入れ、斬り込み、そのまま地竜の足を切断する。
それが転機となった。
一匹は矢が刺さり動きが鈍っている。もう一匹は足が切断され動けない。
イイダ少女が大きく飛び退く。その動きがわかっていたかのように矢が放たれ、一番元気だった地竜の脳天を撃ち抜く。
これで残りは動きが遅くなった二匹だけだ。
「も、もう限界、後は任せまたしたわ」
イイダ少女はマチェーテを地面に突き刺し、杖代わりにし、ぜーはーと荒い息を繰り返している。
「わかったよ」
アイダ少年がクロスボウに矢を装填し、放つ。その脳天狙いの一撃は――身をくねらせた地竜の胴体に刺さる。
「もう動くなよ!」
アイダ少年が矢を放つ。器用に頭を動かす地竜には、なかなか致命的な一撃とならない。殆どが体に当たっている。
結局、残った二匹を倒すまでに矢は八本ほど消費された。体に刺さっている矢は上手く引き抜けば再利用が可能かもしれない。だが、甲羅に当たったものはシャフトが曲がってしまっている。再利用は無理だろう。
「ふぅ、なんとか倒せたよ」
「疲れましたわ」
これで四匹。地面にあった気配はいつの間にか消えている。尖兵がやられて逃げだしたのだろう。
矢の消費を考えれば大きく赤字だろう。正直、戦闘は酷いものだった。体力配分を考えない行動、役割分担――とにかく色々と問題点しかない戦闘だった。
だが、それでも、
「良くやった」
俺は二人を褒める。慣れない武器で、初めて戦うビースト相手に勝った。それは充分な結果だ。称賛に値するだろう。
「師匠が褒めたよ。やった」
「おほほほほ、当然ですわ」
二人は喜んでいる。
「だが、だ。まだ最低でも残り六匹、駆除する必要がある。次の畑に向かうぞ」
「ええー。また明日にしようよ」
「もう……無理ですわ」
俺の言葉に二人は大きく肩を落とし、げんなりとしている。
二人の苦戦。これは何も二人が素人だからというだけではない。地竜が駆け出しのクロウズが挑むような相手ではなかった。強敵だった――という訳でも無い。武器の相性だろう。そこそこの腕前のクロウズが、適正な距離をとり、そこそこの火力の銃を乱射すれば、苦戦すること無く、普通に勝てたのではないだろうか。
こういった相手との戦闘は良い経験になるだろう。特に、自分の未熟さからの苦戦というのは、駆け出しの時にしか味わえないものだ。二人は文句を言いながら、戦意は喪失していない。戦うことへの忌避感も感じない。
二人はきっと成長するだろう。
……。
……!
と、そんなことを俺が考えていた時だった。
俺はとっさに二人を突き飛ばす。俺に突き飛ばされた二人が地面を転がっている。
それは砲撃だった。
「師匠、突然……」
「え? なんですの!」
地面を転がっていた二人が顔を起こす。そして、俺の状態に気付いたようだ。
俺の肩部分から右腕が吹き飛んでいる。直撃は避けた。だが、二人を逃すために躱しきれなかった。これはエネルギー系の砲撃か? 爆風を伴う砲撃だったら、二人も危なかっただろう。
「おっと外したかぁー?」
その言葉とともに何も無い空間から一台のクルマが現れる。いや、元からそこに居たのだろう。
視覚的に透明化し、姿を消して待ち伏せしていたのだろう。俺たちが戦闘を終え、油断するのを待っていたのだろう。
俺は小さくため息を吐く。
これは完全に俺の油断だ。防壁の中で、街中でクルマに乗って攻撃してくる馬鹿がいるとは思わなかった。敵が地竜だけだと思っていた。この場に俺たちが来るだろうと賭け、音がしないよう動かず待ち続けるような相手が居るとは想像していなかった。
「師匠……大丈夫なの?」
「クルマ? クルマが攻撃したんですの?」
二人はおろおろと、どうしたら良いか分からない様子だ。
「逃げろ!」
俺は二人に命令する。
「逃げ? どうするつもりですの!」
「ねーちゃん、良いから逃げるよ」
「師匠は怪我をしていますわ。それに相手はクルマですわ!」
「だからだよ、ねーちゃん、僕たち、邪魔になるよ」
愚図っているイイダ少女をアイダ少年が引き摺り、その場を離れようとしている。
「おっと、何処に行くのかなー」
クルマのハッチから男が顔を見せる。その男はわざわざ俺たちの前に顔を見せ、ニヤニヤと笑っている。
「ここは通さない」
俺はその男にそう告げる。
「おー、おほっ、右半身吹き飛んで、死にかけなのに、仲間を逃がすために体を張るのかよ。クルマ相手に?」
クルマに乗った男。見覚えのある顔だった。
クロウズの試験官を名乗っていた男。俺が捕まえ、俺たちがオフィスに突き出した男だ。
賞金首のノーフェイス!




