591 ドラゴンファンタジー13
夜が明ける。
どうやら無事に襲撃なく過ごせたようだ。
俺はテントの方を見る。そちらではアイダ少年とイイダ少女が毛皮に包まり、すやすやと眠っていた。俺は小さくため息を吐き、片膝をつき、座る。その状態で改めて外壁の外を見る。
何処までも続くかに見える砂、砂、砂。大地を埋め尽くすかと思えるほどの砂が、見える範囲一面に広がっている。その砂漠の向こうから朝日が昇ろうとしている。
……。
……。
……。
……。
俺はゆっくりと立ち上がる。
砂が舞っている。砂塵を巻き上げ、何かがこちらへと迫っている。
「来たか」
俺は小さく呟く。
「むにぃ、かれぇー?」
テントの方から声が聞こえる。アイダ少年の声だ。
そして、アイダ少年が寝ぼけ眼のまま、テントから這い出て来る。寝ぼけ眼のアイダ少年が備え付けられた機関銃に取り付く。寝ているのか起きているのか、そんな状態でありながらしっかりと機関銃のハンドルを握っている。
俺はテントの方を見る。
「まだ食べられますわぁ。こんどは私がつきゅるんだか……にゃむぅ」
もう一人の方はまだまだ夢の中のようだ。俺は何度目になるかわからないため息を吐く。
そして現れる。
砂塵が舞っている。
現れたのは無数の機械とビーストたち。一、二、三……数えるのが馬鹿らしくなる数だ。機械とビーストたちは何かに追われているかのように、一心不乱にこちらへと走り、迫ってきている。
連中がこの外壁に到達するのは時間の問題だろう。
「は? 敵?」
アイダ少年はやっと目覚めたようだ。
「し、師匠、敵ですよ。敵、どうしよう?」
アイダ少年は機関銃を握ったまま困った様子でこちらを見る。
「任せる」
俺はアイダ少年にそう告げる。
「師匠……、はぁ、これ、大丈夫なのかなぁ?」
アイダ少年が機関銃を構える。
機械とビーストの混成部隊が外壁に迫る。外壁に備え付けられた機銃が火を吹く。アイダ少年が機関銃を振り回す。次々と放たれる銃弾が襲ってきている連中を撃つ。
……。
だが、機関銃はその見た目に反し、あまり威力の高いものではないようだ。ビーストにはまだ効果があるようだが、機械たちは機関銃から放たれた銃弾をはね返していた。この機関銃、機械どもの装甲を撃ち抜くほどの威力がない。
「これで今までどうやって追い払っていたんだ?」
俺は小さくため息を吐き、右のこめかみを軽く叩く。
「師匠! ほら、これ! 無理だよー」
「そうか」
アイダ少年は機関銃の威力が弱い分を補うように的確にビーストや機械たちの急所となる部分を撃ち抜いている。関節部分、金属と金属の継ぎ目――器用なものだ。
ビーストが外壁に体当たりをする。だが、その一撃は外壁の前にある透明なシールドによってはね返される。機械連中が体にくっついている銃火器で攻撃を仕掛ける。だが、その攻撃は外壁を覆っている透明なシールドによって止まる。攻撃を受けた空中にシールドによって発生した衝撃の波が広がっている。
「師匠、自分の体を鍛えるとか、戦う技とか覚えても意味ないよー。ほら、これ。こんな状況で格闘とか覚えてもまったく無駄だよね? だよね?」
アイダ少年は必死の形相で機関銃を撃ち続けている。
「そうか、それで?」
「それでじゃないよー。この数、シールドが破られたら不味いって、不味いよー」
「防壁が破られることはないんだろう?」
「あのじーちゃんの言ってたこと? あれ、絶対、今みたいな状況を想定してないよ」
アイダ少年が叫んでいる。
俺は肩を竦める。
そして操作する。
ビーストや機械たちが多く集まった場所に爆発が起きる。
次々と爆発が起きる。
キュルキュルと無限軌道を動かし、ダークラットが現れる。もちろん動かしているのは俺だ。
「師匠!」
アイダ少年がこちらを見る。
ダークラットが砲撃を繰り返す。外壁に取り付いていたビーストが、固定砲台のように攻撃を続けていた機械が、次々と消し飛んでいく。
「師匠、ほら、師匠も結局はクルマってものに頼っている。今更、格闘技とか技とか覚えても無駄だよ。必殺技は興味があるけど、結局、教えてくれないしさー」
ダークラットが現れたことでもう大丈夫だと思ったのか、アイダ少年がこちらを見てそんなことを言っている。
!
俺は動く。
アイダ少年の首根っこを掴み思いっきり引っ張る。そして、その――迫る刃を左手で打ち払う。
「お、これを防ぐか」
飄々とした感じの男が逆手にナイフを握り、こちらを見てニヤリと笑っている。
「これはお前が?」
「さあ、どうだかね」
この男はビーストや機械が暴れている隙を突いて、防壁を登ってきたのだろう。
飄々とした男がナイフを振るう。俺はそれを左手で弾く。弾く、弾く、弾く、弾き、右手で男の顎を掌打する。
「が、な、まぐれか?」
男が頭を振りながら飛び退く。仕切り直すつもりだろう。だから、俺は踏み込む。
「嘘だろ」
距離を詰められた男が驚きの顔でこちらを見ている。
男の視線――
「なーんてな!」
男の腹が裂け、そこから金属のハサミが飛び出す。何か隠しているとは思っていたが、腹部にこんな改造をしているとは……。
だが、それでも問題無い。
俺はその飛びだしてきたハサミを避け、男の腕を取る。そのままねじり地面へと押し倒す。
「が、は、マジかよ」
男が抜け出そうと暴れる。俺は男の背に乗り、体重を掛け、その動きを封じる。
「待て待て待ってくれ。俺は敵じゃない。俺は試験官だ。お前らの力を試しただけだ」
「それで?」
「新人のクロウズの実力を試すために一芝居打ったってワケさ。ほら、ビーストたちも防壁は越えられなかっただろ?」
「そうか、それで?」
「な? わかっただろ? お前の実力はわかった。即戦力だ。俺たちにこんな実力者が仲間入りするなんて心強いな、ははは」
男は顔を歪め、無理矢理笑顔を作っている。
「はぁ、良かった。これテストだったんだ。これだけの襲撃って初めてだから取り乱しそうになっちゃったよー。でも、やり切ったし、合格だよね?」
アイダ少年はのんきにそんなことを言っている。
「……それで?」
俺は捻り上げた腕をさらに強く押し込む。
「ぎ、お、おいおい、ま、まさか、俺を疑っているのか? あ! そ、そうだ。首にドッグタグがあるからよ。クロウズのタグだ。ほら、引っ張り出して見てくれ。それを見てくれれば俺が嘘を言ってないって分かるはずだ」
「あ? そうなの?」
アイダ少年が無警戒にこちらへと近づき、俺が抑えつけている男の首からドッグタグを引き出す。
「師匠! ありましたよー。本物だよ、これ。もう離してあげたら? 苦しそうだよ」
アイダ少年はのんきにそんなことを言っている。
俺は小さくため息を吐く。
「そうか、それで?」
「いやいやいや、そこのお前の仲間の子もそう言っているだろ? 放してくれよ。もう疑いは晴れただろ?」
男はそんなことを言っている。
俺は相手にわかるほど大きなため息を吐く。
わかってない。
「そうか。それで?」
「なんなんだよ!」
男が叫んでいる。
「俺を試したんだろう? だから、こちらも試している。抜け出してみたらどうだ?」
俺の下で男が暴れているが、俺は無視する。抑えつけている力を強める。
こいつが本物かどうかは関係無い。
俺は力を入れ、腕を折る。そのまま相手の背骨が折れるほど圧力を掛け、男を気絶させる。
「0点だ。こいつが本物のクロウズで試験官だったとして、動けなくしてから後で確認すれば良い」
俺は驚き固まっているアイダ少年を見る。
「お前の命は一つだけだろう? もう少し大事にしろ。油断すれば死ぬぞ」
俺は白目を剥き、泡を吹いている男をひっくり返す。何かを隠し持っている。俺は男の手を広げる。その手の中には小さなナイフがあった。
さてはて、これは俺の隙を突くつもりだったのだろうか……。




