590 ドラゴンファンタジー12
「そこにあるのは好きに使ったらええでぇ。げひゃひゃひゃ」
老人はそう言い残し、跳ねるような足取りで防壁を降りていった。
俺は老人の好意であるテントを見る。そこには鍋にフライパン、薪、謎の肉に謎の葉っぱなどの色々な食材、布団代わりであろう毛皮――色々なものがあった。一通りのものが揃っている。一日過ごす程度なら充分な代物だろう。
「師匠、これ、どうやって弾を入れるんだろう」
アイダ少年は防壁の上にある大型の機銃をいじっている。
「たくさん並んだスイッチのどれが正解ですの? これ? これかしら? む、間違ったようですわ。おほほほほ」
イイダ少女は防壁にあるスイッチを片っ端から押して遊んでいる。
……。
俺は大きくため息を吐く。
老人から引き継いだ今回の仕事をまとめるとこうだ。
老人が戻って来るまで、老人の代わりに見張りをする。
旅人が来たらスイッチを押す。押すスイッチはどれでも良い。スイッチを押せば、後は人工知能? のトポスが対応してくれる。
機械やビースト、バンディットなどが襲撃をしてきたら、備え付けられた機銃で撃ち殺す。ああ、機械の場合は殺すではなく壊す、だな。とにかく、蹴散らせば良い。だが、それは強制ではない。防壁が破られることはあり得ないので無視しても良い。襲撃者は倒せば倒すだけ、オフィスからボーナスが出る。依頼の報酬を増やしたいなら倒した方が良い。
そんなところだろうか。
たった一日。
そう、たった一日だ。
一日程度なら新人のクロウズに任せても大丈夫だということだろうか。
そこには防壁に対する絶対的な自信というものがあるように感じる。
かつてを知っている俺からすると、この防壁がそこまで信頼出来るものだとは思えない。とてもそうは思えないし、見えないが俺が知らない間に強化されたのかもしれない。とりあえず、そう信じることにした。
スイッチを押せば人工知能が対応する? とてもそんな知能があるようには見えない。押したスイッチに対応したメッセージを流すだけの装置ではないだろうか。あの老人は適当なことを言っているのではないだろうか。
……。
「飽きましたわ」
「ねーちゃん、こっち手伝ってよー」
アイダ少年がイイダ少女を呼び、今度は二人で機銃をいじっている。
俺は防壁の上から周囲を見回す。人影などはない。平和なものだ。
「ねー、師匠、必殺技とか教えてよ。こう、あちょーとか、ずばっととか、ずばばばんと敵を倒すような凄いのを! 今日は、基礎は良いよね? 依頼をしないと駄目なんだから、基礎はお休みだよね?」
機銃をいじるのに飽きたのか、アイダ少年が俺の方へとやって来る。
俺は小さくため息を吐く。
「体を鍛える基礎の訓練は毎日だ。例外はない。何かを教えるにしても土台が出来ていなければ話にならない。全てはそれからだ」
「えー、けちー。師匠は本当にケチだなぁ」
アイダ少年は不満そうに頬を膨らませながらも素直に俺が教えたとおりに運動を始める。
……。
俺は少しだけ過去を思い出す。俺の中に眠る思い出だ。俺が戦う技術を教えて貰っていた時のことだ。俺に戦う術を教えてくれた人。もう師匠と呼んでいたのか先生と呼んでいたのか、名前はなんだったのか、なんと呼んでいたのかすら思い出せない人だ。
俺が教えて貰い、その俺が教える。
次へと伝えていく。
……。
「えー、またそれですの? ここに来るまでに散々やりましたわ。もう覚えたから充分ですわ。素早く機敏に動きたいなら、そんなことをするよりも機械化した方が楽で早いですわ」
イイダ少女もやって来る。
「それで?」
「ひぃっ、わかりましたわ。やります。やりますわ」
イイダ少女が疲れ切った顔で大きなため息を吐く。
俺はそんな少女を見て肩を竦める。
「それで何かわかったのか?」
「ええ。スイッチは18パターン。どのスイッチを押しても、外のセンサーが反応するようですわ。そのセンサーが市民IDや生態情報などをスキャンして問題がなければ扉を開けていると予想しますですの」
俺はイイダ少女の言葉に腕を組み、少し思案する。遊んでいたように見えて、しっかりと確認をしている。
「機銃の方は……正直、ゴミですわ。うちの本家で扱っているものに総取り替えをしたいくらい。図体ばかり大きくて生成弾は6mmクラスですもの、牽制としてばらまくことくらいしか出来ない豆鉄砲ですわね」
「そうか。では、いつものように」
「はいはい、わかりましたですわ」
イイダ少女は屈伸運動をしているアイダ少年の隣に並び、同じように屈伸運動を始める。
俺はそんな二人を横目に防壁の外を見る。平和だ。
そして、陽が落ち始める。
「ふふん。料理ですわ。料理は得意ですから任せて欲しいですわ!」
イイダ少女がそんなことを言いながらテントを漁っている。
「うわ、待って、待ってよ! ねーちゃん、料理は僕がするから! ねーちゃんは、大人しくしててよ!」
アイダ少年がそんなイイダ少女を慌てて止めている。
「えー? 今日もですの? ここ何日か料理をしてないのですわ。腕が落ちるのにー」
「いいから、いいから、任せて」
アイダ少年がイイダ少女をテントから押し出す。
「さっきも料理が得意だって言っていたけど、ねーっちゃんって料理が好きなだけで……」
アイダ少年はブツブツと呟きながら食材を選んでいる。
俺は小さくため息を吐き、そんなアイダ少年のところへ。
「あ、師匠。料理なら僕がやりますよー」
「わかった。これを使うと良い」
俺はそんなアイダ少年に隠し持っていた小瓶を渡す。
「こ、この色、香り! ま、ま、ま、まさか! これはカレー? まさかカレー粉ですか!」
「使い方は?」
「わかりますよ。任せてください!」
俺からカレー粉を受け取ったアイダ少年は跳びはねるような勢いで喜んでいる。
やはり、カレーか。
カレーだな。




