589 ドラゴンファンタジー11
カウンターに肘をついた女が俺たちを見てニタリと何か企んでそうな笑みを浮かべる。
「さっそく、新人クロウズさんたちに依頼があるけど、どうするぅ?」
いきなりだ。いきなり依頼か。人手が足りてないのだろうか。どうやら俺たちにやらせたいことがあるようだ。
「それで? どんな依頼だろうか?」
「え? ええー、師匠、そんなー、街に入ってすぐだよ。疲れてるよ。休息が必要だよ。食事が必要だよ。まともなものが食べたいよ、休みたいよ」
「登録が済んだのですから休憩ですわ! もうへとへとのへとりんですわ」
俺に反対するようにアイダ少年とイイダ少女が騒ぎ出す。
「それで? どんな依頼だろうか?」
俺は二人を無視して話を進める。
「あらー、お友達二人はお疲れみたいだけど良いのかしら?」
俺は荒んだ顔の女の言葉に肩を竦める。
お友達、か。この女は俺たちの会話から関係を読み取ろうともしていない。ずいぶんと舐められているようだ。
「それで?」
「ええ、依頼だったわね。防壁の……この街に入った時に見たでしょう? あの防壁にある門、ずいぶん昔に壊されたこともあるそうだけどねぇ、そこでの仕事を頼みたいの。とーても簡単なお仕事。どうかしら?」
「新人のクロウズに回すほど簡単な仕事ということか。わかった」
「ええ、ありがとう。防壁に真っ赤な髪を逆立てたおじいさんが居るはずだから、詳しくはそのおじいさんに聞いてちょうだい」
「そうか。それで報酬は?」
「報酬は百コイル。どう?」
「……百コイル、か」
俺は思わず呟く。たった百コイルだ。だが、新人クロウズとしては破格の報酬だろう。
「えー、たった百コイル? そんなのまともなご飯も食べられないよー」
「百コイルって一コイルが百個の百コイルですわ」
アイダ少年とイイダ少女は目を白黒させ呆然としている。贅沢な生活をしていたこの二人には驚きなのだろう。
……。
百コイルの価値を知っていただけマシだと思うべきだろうか。
「拘束時間はどの程度になりそうだろうか? 百コイルで何日も働かされるようなら……」
「それなら一日程度終わるから」
荒んだ顔の女は手を振りながら適当な感じで答える。
一日拘束されて百コイル。本当の意味でクロウズになったばかりの何の伝手も武器も何もがないスタートだったならば――それは悪くないのだろう。
「わかった。受けよう」
「ええー、師匠、それより宿に泊まった方が良いよ。百コイルだよ? 騙されてるよー!」
「そうですわ。何をさせられるかわからないのに、たった百コイルでなんて、あり得ませんわ!」
二人が騒いでいる。
「だからこそ、受ける」
だから、俺は二人にそう告げる。
この女はこの依頼でこちらを測ろうとしているのだろう。試すつもりなのだろう。この依頼がクロウズ試験だと思った方が良いだろう。
試されている。だから、俺もこいつらを試すことにする。
そういうことだ。
「二人とも行くぞ」
「うー、わかりましたよー」
「はぁ、ここまでの地獄よりはマシだと思いたいですわ」
俺はその場を離れようとする。
「あらー、クロウズ証は忘れずに持っていってねぇ。あなたたちの生体情報は登録したから、クロウズの一員として恥ずかしくない行動を心がけてね」
荒んだ顔の女は投げやりな調子でそんなことを言っている。
「クロウズの説明も心掛けも説明せずに、なかなか面白いことを言う」
俺は荒んだ顔の女から三つのドッグタグを受け取り、二人に投げ渡す。
俺たちはオフィスを出て防壁に向かう。
「ここか」
そこで荒んだ顔の女の話にあった赤髪逆毛の老人を探す。
「師匠、あの人じゃないかなー?」
「そうですわ。アレで間違いないですわ!」
二人が指差した先――防壁の上に真っ赤な髪を逆立てた老人の姿があった。真っ赤だ。逆毛だ。老人だ。どうやら、間違いないようだ。
防壁に備え付けられた階段を上がり、老人の場所へと向かう。
そこには、そこで生活しているのか三角錐状のテントがあった。真っ赤な逆毛の老人は目に双眼鏡のようなものをあて、防壁の外を――何かを見ている。何が楽しいのか、時折、気持ちの悪い笑みを浮かべ地団駄を踏んでいた。
「オフィスの依頼で来た」
俺はため息を吐きながら老人に話しかける。だが、老人は双眼鏡で何かを見たまま、何も反応を返さない。こちらを見ようともしない。
「聞こえているだろうか? オフィスの依頼で来た」
……。
何の反応も無い。
……。
「師匠、ダメダメ、駄目だよー。こういうジジイは自分に都合の良いことしか聞こえなくなってるんだよ」
「そうですわ。本家のクソジジイと一緒ですわ」
俺はため息を吐く。
ため息を吐きながら、老人から双眼鏡を取り上げる。
「な、なにをするだぁぁ」
やっとこちらに気付いた老人が喚き出す。
「オフィスで依頼を受けて来た。どうすれば良い?」
その老人の前に双眼鏡を突き出し、俺はそう告げる。
「ん? ああ、依頼! おお、依頼か! やっと来たか! まっとったぞ。これで交代、休憩出来る、街で遊べるぞい!」
老人はこちらを見て、欠けた歯を光らせながら、げひゃひゃと楽しそうに笑っている。
「それで? 内容は?」
「おいおいおいおいおーい、ずいぶんとせっかちだのー」
「それで?」
「やって貰いたいことは簡単だぁ。門に人がやって来たら、ここのスイッチを押す。後はここの扉の人工知能が頑張ってくれる。仕事はそれだけだぁ」
どうやら仕事は見張りに近いもののようだ。
「やった。とっても簡単だよー!」
「楽勝ですわ」
二人はホッと胸をなで下ろしている。
確かに、やることの内容だけを見れば駆け出しで充分だ。簡単で楽勝なものだろう。ただ、それは防壁が絶対に破られない、ここが襲撃されないという前提があってこそだ。本来、見張りというのはとても重要な仕事だ。新人にやらせるような仕事ではないだろう。その交代要員? あのオフィスの女は何を考えているのだろうか。いや、この街が、だろうか。
「ねー、じいさんはなんて言うの? 僕はアイダだよ」
「これがスイッチですの?」
「おいおいおい、自己紹介とか、とーっても粋だぁ。トポスだ。安くてもリーズナブルだよ」
アイダ少年が老人と喋り、イイダ少女がスイッチを押している。
……。
「あ! そこの! 押すでないだぁ!」
老人が慌てたように叫ぶ。
そして、それが起動した。
『うぇーるかむ。ここは地獄の一丁目。ここを通りたければ……』
防壁の外にあるスピーカーから音声が流れている。
「ねぇ? これはあなたの声ですの?」
イイダ少女が老人に聞いている。
「そいつがトポスだよ! 天才的な人工知能。機械だけど機械じゃあないだぁ。仲間だよ。げひゃひゃ、仲間!」
イイダ少女は老人の言葉を無視してスイッチを押す。
『うぇーるかむ。ここは地獄の……』
イイダ少女は並んでいるスイッチを片っ端から押す。
『ごおよおけんをどうぞー』
『確認するぜー』
『ぱらいそー』
イイダ少女はスイッチを連打する。
『うぇーる、う、う、うぇーる、う、う、う、うぇーるか……う、うぇー』
スピーカーからは壊れたような声が流れている。
「なぁに、これ?」
イイダ少女は首を傾げながら老人を見る。
「トポスだぁ!」
老人がげひゃひゃと笑っている。
……。
どうやら、いきなりずいぶんと楽しそうな依頼に当たったようだ。
俺はため息を吐き、肩を竦める。




