588 ドラゴンファンタジー10
「はーい、次の方ー」
窓口の女が流れ作業的に受付の仕事をしている。
俺は――俺たちはその前に立つ。
「この三人でクロウズ試験を受けたい」
窓口の女に俺はそう告げる。
「はいはい、お酒の購入のお使いですか、それとも依頼ですかー。何処かで地竜でも湧きましたかー。って、え? 試験?」
窓口の女が驚いた顔でこちらを見る。
「はぁ? 師匠、師匠も試験を受けるの? 聞いてない、聞いてないよー」
「じょ、冗談じゃないですわ!」
俺の後ろで死んだような顔をしていた二人も驚きの声を出す。
「それで、どうだろうか?」
俺はその二人を無視して窓口の女に話しかける。
「え? あー、はい。ここでクロウズに?」
窓口の女は胡散臭いものを見るような顔でこちらを見る。そして、そのまま周囲を見回していた。
「そうだ。試験の開始はいつだろうか?」
「あー、はい。えーっと、試験ですね。試験、試験、試験……少々、お待ちを……って、なんでここなんですか。レイクタウンとかハルカナ、サンライス、大きな街でクロウズになった方が良いですよ。サポートが充実してますよ」
窓口の女は困った顔で薄目に周囲を見ていた。この窓口の女が言いたいことは分かる。わかるが……、
「それで?」
……。
俺の言葉に一瞬だけ沈黙した空気が流れる。
「師匠、そう言えば、最近はノアの再開発が始まって。サンライス、ハルカナ、レイクタウン、その三都市に次ぐ街になるって噂がありましたよー」
「ここだけの話、ふふん、開発に本家が関わっているのですわ」
俺の後ろの二人がヒソヒソとそんなことを言っている。
「それで?」
「あー、はい。試験の日ですね。そもそも、ここでクロウズの試験を受けようって人が居なくてですね。見てくださいよ。ここって殆ど酒場ですよ。そりゃあ、依頼の受け付けはしてますし、クロウズの方々にはいろいろと困りごとを解決して貰ってますけど、えー、本気ですか? 本気? はぁ。そ、そっすかー、あ、すいません。言葉が、いえいえ、えーっと、そうですか。そうですか、あ、はい、少々、お待ちください」
俺たち三人を残して窓口の女が場を離れる。上司に話を聞きに行っているのだろう。
「おいおい、餓鬼どもお前らがクロウズになるって?」
「止めとけ、止めとけ」
先ほどまでこちらのやり取りを見守っていた赤ら顔の男たちがこちらに絡んでくる。
「お前たちはクロウズか?」
俺は絡んできた赤ら顔の男たちに聞く。
「いや、違うが」
すぐに否定の言葉が返ってくる。
「ここにはよぉ、防壁があるんだぜ。なんでクロウズみたいな危ねぇことしなきゃならんねぇんだよ。そういうのはクロウズにやらせときゃ良いんだよ」
「んだ、んだ。俺たちぁよ、酒が飲めれば良いんだ」
「クロウズになるってクロウズになることだぞ」
ここはクロウズのオフィスだが、酒場も兼ねている。荒くれたちが酒を飲みに来ているのだろう。
「クロウズって、何人居たっけ?」
「知らね」
「まー、でもよ、居ないと困るんじゃね?」
「困るっちゃぁ、困るがよぉ」
酔っぱらいたちは好き勝手なことを言っている。
「師匠、思ってたのと違うんだけどー」
「師匠、本気で! ここでクロウズになるつもりですの?」
俺の後ろの二人は、そんなことを言っている。
俺は肩を竦め、大きなため息を吐く。
「はいはい、どいたどいた。酒飲み連中が絡んでるじゃあないよ。で、あんたらがクロウズになりたいって子ら?」
そんなやり取りをしている中、窓口の女の代わりに荒んだ顔の女が現れ、カウンターに肘をのせ、こちらを見る。
「そうだ」
「そうでーす」
「そうですわ」
俺たちの言葉に荒んだ顔の女は大きなため息を吐く。
「試験の前にさぁ、あんたら住民登録は? 市民IDとか、ナンバーは持ってるの?」
荒んだ顔の女はカウンターに肘をのせたまま、片手を振っている。
「あー、はいはい。僕はね、サンライスのナ……」
俺はうっかりと喋りそうになっていたアイダ少年の口を塞ぐ。
「クロウズになって、それを身分証の代わりとしたい。それで、どうだろう?」
俺は荒んだ顔の女の目を見て話しかける。
「ふーん。訳ありってこと? まぁ、そうでもなきゃあ、こんな街に来ないか」
「それで?」
「はいはい、とりあえず名前と出来ること教えて、それとこのタグに生体情報をって、あー、それはいっか。とにかくそのタグに指を押しつけてくれたら良いから」
荒んだ顔の女が三枚のドッグタグをカウンターに並べる。
「名前、か。ガムあ、で登録してくれ。出来ることは戦闘だ」
俺はそう告げ、認識証に指を押しつける
「はいはい、ガムアね。って、あれ? 古い登録情報がかぶっって……って勘違いか。何十年も前の情報が残ってたのも驚きだけど、それが出てくるなんて、久しぶりに使ったから虫でも湧いたのかねぇ」
荒んだ顔の女はそんなことを言っている。
「それは面白いな。どんな情報が出た?」
俺は聞いてみる。
「あー、こっちのことだから気にしないで良いよ。はいはい、次、次」
「次は、僕だね。僕はアイダ。アイダ・ベン……あー、違った。アイダだよ。ただのアイダ。出来ることは……計算とか得意だよ」
アイダ少年はそんなことを言いながらドッグタグに指を押しつけている。
「私はイイダですわ。得意なことは料理ですわ」
イイダ少女は得意気な顔でそんなことを言っている。
「はいはい。これで登録完了っと。はい、それじゃー、これで三人ともクロウズ試験に合格ってことで」
荒んだ顔の女は面倒そうな顔になりながら、そんなことを言っていた。
どうやら、いつの間にか試験が始り、そして終わっていたようだ。




