586 ドラゴンファンタジー08
俺は歩きながら二人を見る。塀の下では、紐で縛られた状態からなんとか抜け出そうと悪戦苦闘している少年と少女の姿があった。
俺はため息を吐きながらそちらへと歩いていく。
「なんで、抜けないんだよー。って、あー、ガム君、そっち終わったの?」
「なんなんですの。むきー」
二人は紐から抜け出そうとゴロゴロと元気に転がっている。のんきなものだ。
「ねぇ、なんでこの紐を切ってくれないのさー。意地悪しないで欲しいなー。そのさっき銀ぴかに光った腕に隠している刃物で切ってよ」
「早く助けなさいよ。もう、どうなってるんですの!」
二人はそんなことを言っている。
俺はとりあえず肩を竦める。
「それで?」
「それでって、助けてってずっと言っているのに酷いよ」
「なんなんですの! なんなんですの! 酷いですわ」
俺はもう一度ため息を吐く。
「お前たちには三つの選択肢がある」
俺は転がって暴れている二人の前に三本の指を立てて見せる。
「三つ? そんなことより早くこの紐を切ってよ。選択肢って何? コイルとかが希望ならなんとかするよ。それとも僕たちを……」
「なんなんですの! もう! なんなんですの!」
俺は二人の言葉を無視する。
「まず一つ目の選択肢だが、このままサンライスの実家に帰る。ちょっとした冒険は楽しかったか? 良い教訓になっただろう? スリルを味わっただろう? もう充分に楽しんだだろう?」
俺は指を一つだけ折り、二人を見る。二人の表情が変わる。
どうやら二人はやっと気付いたようだ。
何故、二人がサンライス出身だと俺が知っているのか。この出会いが偶然ではないということ。これで、俺が、ただ同じように罠に引っ掛かっただけの間抜けではないと気付けたのではないだろうか。
「え? なんでそれを知ってるの?」
「ふーん、ふーん、ふぅーん?」
アイダ少年は不思議そうな顔で、イイダ少女は訝しむような顔でこちらを見ている。
もう少しだけヒントをやるとしよう。
「ああ、そのことか。お前たちが言っていただろう?」
俺はわざとらしくそう告げる。
二人は本家だとしか言っていない。
しかも、俺はあえてこの二人が疑問に思っているであろうポイントを『俺がサンライス出身だと言い当てた』ことだと限定して示した。大きなヒントだ。
「え? そうだったかなー。ポロっと言っちゃった? 言ってないと思うんだけどなー」
「なんなんですの。酷い茶番ですわ」
どうやら二人は馬鹿ではないようだ。
ちゃんと気付いている。
「次に二つ目の選択肢だ。このまま俺と一緒にマップヘッドの街へと行き、そこでクロウズになる。お前たちが一人前になれるようある程度の手助けはする」
二つ目の指を折る。
俺がサンライスの二人に、この二人を鍛えてくれという依頼を受けている。だが、それはこの二人があずかり知らぬところでの話だ。俺は本人たちの意志を聞きたい。
「ねえ、なんでマップヘッドなの?」
俺の提案にアイダ少年がそう聞いてくる。
「俺は、このレイクタウンの一部の連中には有名だ。ここのオフィスを頼るには少々問題がある」
「さっきみたいに?」
「いずれ、俺はこのレイクタウンのそういった連中を叩き潰すつもりだ。だが、それはお前たち二人を鍛える片手間に出来ることではない。だから、まずはお前たちを鍛えることを優先する」
「ふーん」
アイダ少年は分かったのかいないのか分からない微妙な反応だ。
「ねぇ、三つ目の選択肢は何? なんなんですの?」
イイダ少女が聞いてくる。
俺は肩を竦める。
「三つ目の選択肢? ここでお別れだ。お前たちはお前たちで自由にやってくれ」
俺は三本目の指を折る。
「それ、この縛られている状態から助けてくれるんですの?」
イイダ少女がそう聞いてくる。
「三つの選択肢は提示した。俺はお前たちの選択を尊重する」
「ちょっと聞いているんですの? この紐を切りなさい!」
俺は肩を竦める。
「これは別に意地悪をしている訳ではない。ただ、お前たちを助ける理由がないだけだ」
「コイルなら支払いますわ!」
イイダ少女がキッと睨むような顔でこちらを見ている。
「それは一番の選択肢を選ぶということか?」
「なんでそうなるんですの!」
「だってそうだろう? そのコイルはお前のものか? 実家の力に頼るのだろう? その力を使うことを否定している訳ではない。それだって立派な力だ。だが、その力を振るうということはそういうことだ」
「もう、なんでですの!」
イイダ少女はふてくされた顔をしている。
「三番目を選んだら、ここでこのままってことだよね?」
アイダ少年が聞いてくる。
「そうなる。ここは一応レイクタウンの貴族街だ。上流の連中が住んでいる場所だろう? そんな悪いことにはならないかもしれない」
俺の言葉にアイダ少年は首を横に振る。
「ここの屋敷の奴らが目を覚まして僕たちをもう一度攫うかもしれないよ。一度逃げてるから、酷い扱いになるかも。それに僕たちが本家のことを言っても信じてくれないかもしれない。酷いよ。選択肢があるようで無いってことだよ」
「そうか。そう思うか」
「そうだよ。こんなの二番目の選択を強制しているようなものだよー!」
アイダ少年の言葉に俺は肩を竦める。
「選べないのは力が無いからだ。そうだろう? 選びたいのなら、自分が望むがままに進みたいのなら力を手に入れろ。そうするだけの――全てをねじ伏せるだけの力を手に入れろ」
俺は少年と少女にそう告げる。
権力、財力、知力、武力。いろいろな力がある。
力が全てでは無いだろう。
だが、力が無ければ、我を通すことは出来ない。
特に人の命が軽いこの世界、この時代なら、それは必要なものだろう。




