585 ドラゴンファンタジー07
「何が言いたい、か」
俺は肩を竦めたままゴールドマンを見る。
「言いたいことは一つだ。分かるだろう? いや、分からないか?」
小太りな男――ゴールドマンは葉巻を燻らせる。
「はは、そうかよ」
ゴールドマンが葉巻を投げ捨て、片目を大きく見開く。
「分かった。昔のよしみで、と思ったが、お前にはいらんお節介だったようだな。もういい、やれ」
ゴールドマンの言葉。
次の瞬間、ゴールドマンの脇に控えていた黒服が動いていた。そう、動いていた。俺が動いた、とそう思った瞬間には、俺は吹き飛ばされていた。
人間の限界を超えた動き。人では、その動きを目で追うことすら困難だろう動き。
俺は無様に吹き飛ばされ、壁が――屋敷の塀が迫る。俺は担いでいた二人を守るために抱え込み、そのまま塀に衝突する。
「え、ちょ?」
「どーゆーことー?」
イイダ少女とアイダ少年が驚いている。無事なようだ。俺が身を挺して庇った甲斐はあったようだ。
塀が衝突によって凹んでいる。俺の体が塀にめり込んでいる。
まるで漫画だ。俺でなければ死んでいただろう。
……。
俺でなければ、か。とんだ思い上がりだ。機械化した奴があふれているこの世界では、こんなものありふれている。
「少し、ここで見ていてくれ」
俺は抱え込んでいた二人を地面に転がし、壁の凹みから抜け出すため、手をかける。親切なことに黒服は俺が抜け出すのを待ってくれるようだ。
「おっと、ガム、勘違いするなよ。お前を待ってやってるワケじゃあねぇ。壁がこれ以上、壊れたら困るだろ? なんたって、ここは俺の街だからなぁ!」
ゴールドマンは片目を大きく見開いたまま余裕の表情で俺を見ている。ゴールドマンが咥えた葉巻の煙がゆっくりとたなびいている。
「そうか、それで?」
俺は壁に手をかけ、一気に体を引き抜き、そのまま飛ぶように駆ける。黒服が動く。
見えない。追えない。
だが、攻撃の方向は分かる。俺の経験が理解する。黒服の攻撃を先読みし、そのタイミングを合わせ、飛んできた拳を掴み、その相手の力を利用して引き倒す。
まずは一人。
たたらを踏む黒服の背に拳を――
次の瞬間、俺は自分の背中に強い衝撃を受ける。その衝撃によって頸椎が砕け、そのまま地面へと強く叩きつけられる。体がゴム鞠のように跳ねる。
もう一人の黒服の姿が消えている。
俺は地面へと崩れ落ちながら、それを確認する。やったのはそいつか。敵は一人では無い。一対一なら何とかなっても、三人相手では厳しいか。
生身の限界。
一人の限界。
素手の限界。
いろいろなことが頭に浮かぶ。
「ふん。この程度か。後処理は任せた」
片目を大きく見開いていたゴールドマンはつまらないものでも見るような顔になり、そのまま葉巻を投げ捨て、こちらに背を向ける。
もう終わったつもりなのだろう。
そうか。
俺は強く足を踏みしめ、倒れないように耐える。
その俺の眼前に警棒を持った黒服が迫っていた。俺が引き倒した黒服も体勢を立て直している。背後の黒服も拳を握り合わせ、その拳を振り上げている。
三人からのフルボッコか。
俺はレベルを一段階上げる。
踏みしめた地面にヒビが入る。構わない。砕けた頸椎? 構わない。
そのまま踏み込む。左手の機械の腕から刃を引き出す。
感覚を研ぎ澄ませろ!
迫る黒服の警棒、黒服の拳……斬り裂く。
斬鋼拳のようにナノマシーンを蹴散らすのではない。刃をナノマシーンとナノマシーンを切り分けるように、隙間を通すように――
目に見えないものの隙間を通す。
俺は俺を取り囲んでいた黒服を斬る。
斬る。斬る。斬る。斬り分ける。
黒服たちだったものがバラバラの破片となる。そして時の流れを思い出したかのように火花を散らしながら崩れ落ちる。
俺が斬り、バラバラになった、その断面からは金属の部品が見えていた。
全身を機械化していたのか、それとも人造人間だったのか。
三人の黒服はバラバラになった。
俺はそのまま踏み込み、駆ける。
こちらに背を向けたゴールドマン。その背に刃を――
ブマット売りをしていたトビオ。俺がクロウズになった時に売り込みを掛けてきた。それが出会いだった。あの頃からレイクタウンのガキを取り纏めていた。
トビオ・トビノ。ゴールドマン。
――刃を通す。
右肩から左脇へと刃が通る。
俺の刃通った、その状態のままゴールドマンがこちらへと振り返る。
「変わらないな。ガム、あんたは、その姿と同じだ。変わらない」
「お前はずいぶんと変わったようだ」
「何故だ。ガム、何故、あんたは変わらない!」
ゴールドマン――トビオがそう呟く。
俺は刃を振り抜く。
そして、体が真っ二つになる。
だが、その真っ二つになった体は幻だったのかように煙となり、霧散する。
……質量を持った幻?
どうやら、奴は幻の姿でやって来ていたようだ。これで終わりでは無い。
俺は空を見、目を閉じる。
「俺だって変わった。変わっているさ」
俺は機械の腕に刃を仕舞い、転がしていた二人の元へ歩いていく。
「お前はずいぶんと変わったようだ、ポイ捨てするなんてな!」
ポイ捨て、駄目、絶対。




