583 ドラゴンファンタジー05
それは俺がサンライスに行った時のことだった。
目的地に辿り着いたところで、それを見上げる。
高い塀だ。
「おい、お前」
そんな俺を呼びかける声にため息を吐く。
「おい、お前。そこの餓鬼、お前のことだ」
「俺か? 何の用だ?」
俺は俺を呼び止める荒くれを見る。
この男、高い塀に囲まれたこの無駄に豪華な屋敷を守る守衛のようだが、それにしては身につけている物のセンスが悪い。無駄に厳つい肩パッド、下の肌が丸見えのメッシュシャツ、サスペンダーで吊っているピチピチのズボン。ただの荒くれ者にしか見えない。
「何の用だ、だぁ? それはこっちのセリフだ。クソ餓鬼がこのお屋敷に何の用だ。このお屋敷をどなたのお屋敷だと思ってやがる。汚ぇ、クソ餓鬼が近寄ってよい場所じゃねえ。ぶっ飛ばされる前に早く消えろ」
荒くれ者はそんなこを言っている。
「それで? お前は……前に居た奴と違うようだが、前の奴は居ないのか?」
前はもう少し上品な、話の分かる執事のような姿の男が守衛をしていたはずだ。
「うるせぇ餓鬼だな。前の奴だぁ? そんな奴は知らねぇよ」
荒くれ者は拳をパキパキと鳴らし、こちらを威嚇している。
俺は何度目かになるか分からないため息を吐く。相手を外見で判断し、こちらの話を聞こうともしない。ずいぶんとレベルが低い。とてもこの商会で雇うレベルとは思えない輩だ。
……。
俺がしばらくこちらに来ていない間にいろいろとあったようだ。
「話の分かる……中の人間に取り次いでくれ。ガムが来たと言えば分かるはずだ」
俺は屋敷の入り口を守る荒くれ者に告げる。
「はぁ? 餓鬼が! 馬鹿かよ。通してくださいって言えば通れるってか? お前みたいなずうずうしい餓鬼を通さないように俺が居るんだよ、分かったか!」
荒くれ者が拳を振り上げる。
この荒くれ者、問答無用で襲いかかってくるようだ。
「面白い格好だな。そんな服をどこで買ったんだ?」
俺はその振り下ろされた荒くれ者の拳を、右手で弾くように逸らし、無防備になったこいつの腹部に膝を叩き込む。
「うぼぁ」
俺の膝蹴りによって体がくの字に曲がった荒くれ者に回し蹴りを放つ。
荒くれ者が屋敷の門扉ごと吹き飛んでいく。
俺は道が開いた門をくぐり、敷地内に入る。
と、そこですぐに武装した集団に取り囲まれる。いかにも守衛と言わんばかりのプロテクターを身につけ、警棒を持った男たち。先ほどの荒くれ者めいた守衛よりは、もう少しマシな格好をした連中だ。意外と動きが早い。まぁまぁのレベルだろう。
「何者だ! ここをT&S商会の屋敷と分かっての狼藉か!」
取り囲んだ連中の中でもリーダーらしき男がそんなことを言っている。
「それで?」
俺はため息を吐く。
減点だ。
こういう問答は敷地内に入られる前にやるべきだろう。侵入された後でやるものじゃあない。侵入されたその時は、もう問答無用で排除しにかかるべきだろう?
「お待ちなさい! その方は私の客ですわ」
と、そこで待ったの声がかかる。
武装した集団が二つに別れ、そこから一人の老婆がこちらへと歩いてくる。
「会長! こんなみすぼらしい餓鬼に……」
武装した連中のリーダーらしき男が老婆の元へ駆け寄り、そんなことを言っている。
「だまらっしゃい! お前はいつから私に意見が言えるほど偉くなったのかしら?」
老婆がリーダーらしき男を睨み付ける。それだけでその男は怯えたように口を閉じ、引き下がる。
「ガムさん、申し訳ないですわ」
老婆がニコリと笑い俺に話しかけてくる。俺は肩を竦め、返事の代わりとする。
「ガムさん、こちらですわ」
老婆の、彼女の案内で屋敷に――その隣に建てられた離れへと向かう。
「ずいぶんとお粗末な連中に代えたんだな」
俺は彼女に話しかける。
「息子の……嫁の仕業ですわ。私は商会を息子に任せ、一線を退いた身ですもの。これで業績が落ちているなら私も口を出すのですけれど、一応は稼いでいるようですもの」
俺は彼女の言葉に肩を竦める。
「稼いでいる、か。そうは言ってもサンライス一番の商会としての品格というものがあるだろう?」
「もうあの子の商会ですわ」
彼女は大きなため息を吐いている。俺に言われるまでもなく、彼女自身が一番分かっているのだろう。
彼女の案内で本宅よりは質素な離れの屋敷に入る。
と、そこには、鉢植えに水をやっている老人の姿があった。老人がこちらに気付く。腰の曲がった、糸のように細い見えているのかどうか分からないような目の狐顔の老人が、こちらを見てわなわなと震えている。
「まさか、ガムさんか。何故、昔のままの姿で! どうやったんだ。教えてくれ! どこの誰の技術なんだ!」
狐顔の老人が飛びかかりそうな勢いでこちらへと迫る。
「だまらっしゃい! あなたは黙ってて欲しいですわ」
その狐顔の老人を彼女が止める。
「ひぃ、鬼じゃ。鬼婆じゃ」
狐顔の老人が怯えながら逃げていく。彼女は、その姿をなんとも言えない情けない顔で見ていた。
「あれでも昔は……」
「知っている。サンライスを陰から支配していた商会主だったんだろう?」
彼女に客室へと案内される。
「お茶を出しますわ」
「ありがとう」
彼女にお茶を入れて貰い、少しだけ気を緩める。
「ガムさん、本日はどういったご用件ですの?」
「ああ。頼みたいことがあって来た。ルリリ、君の商会の力を使って探して欲しいものがある。それはオーキベースに残っているはずだ」
「オーキベースですの? それでしたら、ガムさん、あなた自身が……そういうことですの」
ルリリはこちらを見て、少し呆れたような顔になっている。
「ああ。今、俺はレイクタウンと戦争中だ」
「一人戦争ですわ」
「そうだな。それに方がつくまでは船が出せない。それに、こういうのは君の方が得意だろう?」
ルリリは少し困ったような顔になっている。
「残念ですけれど……」
ルリリは断りの言葉を口にしようとしていた。
「条件次第ですよ」
と、そこに声がかかる。いつの間にか狐顔の老人がこちらを覗き込んでいた。
「あなた!」
ルリリが狐顔の老人を叱る。
「ひっ」
狐顔の老人は慌てたように覗き込んでいた顔を引っ込める。だが、すぐにそろりそろりと顔を覗かせる。ルリリはそれを見て大きなため息を吐いていた。
「コイルなら充分な額を支払おう」
俺の言葉に狐顔の老人は首を横に振る。
「コイルなんぞ、腐るほどある。今更使い切れんよ。違う、違う」
「若返りか?」
俺のその言葉にも老人は首を横に振る。
「孫よ。二人の孫が居るのですよ。その二人をちぃーっとばかし、鍛えてくれんかね」
狐顔の老人はそう言った。
俺は腕を組み、考える。
孫を鍛える?
なんのつもりだ?
俺はルリリの方を見る。
ルリリはその年月を感じさせる、だが見知った面影が残る顔を笑顔に変えていた。
「それは良い考えですわ!」
俺はため息を吐き、肩を竦める。
「期限は? 分かった。詳しい内容を決めようじゃないか」




