581 ドラゴンファンタジー03
武器を隠し持っているかどうか調べすらしていない、か。ここの連中はずいぶんと俺を舐めてくれているようだ。
「おーい、早くこの紐を切ってくれよー」
縛られた少年の方がそんなことを言っている。
「早くこの窮屈な状態から解放して欲しいですわ」
少女の方はそんなことを言っている。
俺は筋肉をほぐすように首と肩を回す。
さて、と。
部屋を見る。何も無い部屋だ。窓もなく、扉が一つあるだけの部屋。壁に指を這わす。指に埃と汚れが付着する。
次に床を見る。一部、床に埃が積もっていない場所がある。
もしかするとここは長く放置された倉庫だったのかもしれない。子どもたちを監禁するために放置されていた荷物を動かし、急遽、監禁部屋を造った?
……。
「縛っている紐を切って欲しいなー」
「ねぇ、聞こえているのかしら?」
扉を見る。ドアノブのついた普通の扉だ。ドアノブを回し扉を開けようとする。だが、当然のように開かない。鍵でもかかっているのだろう。
ドアノブ、か。
扉は押し開けるタイプのもののようだ。
先ほどはここを倉庫だったのかもしれないと予想したが、このドアノブのついた扉――もしかすると違うのかもしれない。倉庫だったならば、荷物が出し入れし易いようにスライド式の横に動かすタイプの扉にするのではないだろうか。
「おーい、聞いてる? 助けてよー」
「縛られているのって、とても窮屈なのですわ。そろそろ助けて欲しいのですけれど?」
俺は肩を竦める。
まぁ、いろいろな可能性、それを考えることは出来る。だが……今、この部屋がなんのために使われていたかを予想する、調べるなどということは、重要なことではない。どうでもよいことだろう。
無理矢理扉を押し開けることは出来そうだが……さて、どうする?
「助けてー、助けてー、ヘルプー」
「早くしなさいよ」
俺はうるさく騒いでいる二人の方へ振り返る。
「お前たち以外にも捕まっていた奴は居ただろうか?」
「たーすけーてー、って、え?」
「居た。居ましたわ。すぐに何処かに連れていかれたようですけど」
俺は腕を組み、少女の言葉を考える。
ここに子どもを集めていた訳ではない? 連れて行った? ここで何かの実験に子どもを使おうとしている訳ではないのだろうか。この二人だけをここに残している理由は? 順番? 分からない。
食事を出し、トイレに連れて行くくらいだから、ずいぶんと甘い対応だ。この二人が誰なのかを知っていてのことだろうか。
……にしても、トイレか。
呼べば人が来るのだろうか? 声が聞こえるくらいに人が近くに居るのだろうか。そうなると、この二人が騒いでいる今の状態はずいぶんと不味いだろう。
……。
それとも監視カメラがついているのか?
部屋を見回す。天助を見る。だが、カメラらしきものは見当たらない。
「ねー、なんで無視するのさー、助けてよ」
「ちゃんと答えたのに、紐を解いてくれないなんて酷いですわ」
少年と少女はそんなことを言っている。
助けてくれるのが当たり前だと思っているのだろう。ずいぶんとおめでたい。
「何故、助ける必要が?」
俺は二人を見て肩を竦める。
「えー? なんで助けてくれないの?」
「ほ、本家に言えばコイルでもゴールドでも用意が出来ますわ。あー、もう! 良いから助けてよ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような言葉だ。
助けるのが当たり前。そして実家の力をアテにする。
……。
いや、実家の力をアテにするのは、そこまで悪くない。使えるものはなんでも使った方が良い。だが、それを放棄するように飛び出したのは自分たちだろうに、困ったら頼る。頼れると思っている。その根性、それは非常によろしくない。
俺は大きくため息を吐く。
いろいろと鍛え直さないと駄目なようだ。
「たーすーけーてー」
「もう飽きましたわ、出してー、ここから出してー」
俺は二人の――少年アイダと少女イイダの言葉を無視して右目を操作する。
……。
右目の視界が変わる。問題無く起動する。
ここはレイクタウンの高級住宅街だった場所か。今は貴族街だったか? どうやらそこにある建物の地下室のようだ。
……。
倉庫だった部屋、が正解か。
人の反応は……この部屋から少し離れた場所に一つ、と。この部屋の監視役だろう。
地上に三十人ほど。二階、三階にも同じくらいの数が居る。そこそこ大きな建物のようだ。
……思っていたよりも数が多い。
俺はアイダ少年とイイダ少女を見る。
二人を連れて動くのはかなり面倒そうだ。
扉を破壊すれば、その音を聞きつけて、上の連中が押し寄せてくるかもしれない。ここは一人ずつ片付けた方が良いだろう。
無理矢理扉を破壊して動くのは止めた方が良さそうだ。
俺は床に散らばった紐を片付け、扉の金具側に隠れる。
「たーすーけーてー」
「出してー、出してよー」
俺は大きくため息を吐き、肩を竦める。そして口に人差し指を当てる。
「そちらのお嬢さんの作戦で行く。少し静かにしてくれ」
俺がそう言うと二人は騒いでいた口を閉じ、思案する顔になった。
この状況でさらに騒ぐほど馬鹿ではないようだ。まだ修正が出来る範囲だったことに少しだけ安堵する。
……。
そのまましばらく待つ。
その間も周囲の動きを右目で把握し続ける。
地上から光点が一つ動き、地下に降りて来る。その光点が地下の光点と合流し、こちらへと動いている。どうやら食事の時間になったようだ。
――二人、か。少し面倒だ。
俺は声を潜め、静かに待つ。
そして、扉が開く。
「餓鬼ども、飯だぞ。トイレに行きたいなら言え。順番にだが連れて行ってやる」
男の声。
「ん? 一人見えないが、何処だ?」
男がカートを押しながら部屋に入ってくる。
俺は飛び出す。
俺はカートを押していた男のボディに強烈な一撃を叩きつける。
「ぐぼぁ」
男が腹を押さえ、呻き声を上げながら崩れ落ちる。これでこいつは声を出せない。動けない。
「な? 餓鬼が……」
そのまま驚き戸惑っているもう一人に飛びかかる。その男の首に腕を回し締め上げる。
「が、ぐ、がああああ」
俺を引き剥がそうと暴れる男を締め上げ、落とす。
そして、吐瀉物をまき散らし、もだえている男の方へと振り返る。その髪を掴み顔面に膝蹴りを入れる。殺しはしない。
少しだけ思案する。
どうする?
……。
「少し眠っていろ」
そのまま男の脳を揺さぶり、気絶させる。
情報を聞き出したいところだが、わざわざ下っ端から聞き出す必要はないだろう。それに……。
俺は二人を見る。
優先順位がある。




