580 ドラゴンファンタジー02
「僕はアイダ、ねーちゃんはイイダ。ねー、あんたは?」
縛られた少年の方が話しかけてくる。
あんた、か。
少年は何も考えず、純粋に聞いているのだろう。
俺は何も答えず肩を竦めようとするが、その手が縛られていることに気付き、大きなため息を吐く。
「それで?」
俺の言葉に少年はこちらを真似したかのような大きなため息を吐く。
「それでじゃないよー」
「アイダ、そんな奴、無視していいよ」
「えー、でも新入りでお仲間だよ?」
少年と少女の二人がそんなことを話している。俺はもう一度ため息を吐き、二人を見る。
「俺はガムだ。それで? 二人はここに捕まって長いのか?」
俺の言葉を聞き、話し合いを止めた二人がこちらを見る。
「あ! ガム君だね。僕はアイダだよ」
「おほほほほ、私の名前はイイダですわ」
少年が普通に自己紹介をし、その姉が妙に高い声でおほほと笑いながら自己紹介をする。
「それで?」
「そうそう、それでさ。ここに捕まってどれくらいだって話だよね? ねーちゃん、どれくらい?」
「はぁ。三日ですわ」
「ねーちゃん、それ、ばーちゃんの真似?」
「違いますわ。おほほほ、誰が、あの鬼婆の真似なんかするものですか! おほほほほ」
少年と少女が楽しそうにそんなことを話している。
鬼婆、か。
「三日もここに居るのか」
その割には少年少女たちは元気だ。
「そうだよ。三日も居るんだよー」
「それは大変だったな」
元気すぎる少年少女にそう声をかける。
「うーん。自由はないけど食事は出るし、トイレの時は縄を外してくれるからね。そこまで大変じゃなかったかなー? 意外と親切だよね」
「何が親切よ。こんな風に捕まえてる奴らが親切? あんたがね、トイレに行っている間、その間、首輪をつけられている私の気持ち、考えたことある? どっちかが人質って最低でサイアクでしょ!」
「ねーちゃん、ごめん。あはははは」
「分かればよろしい。よろしいですわ、おほほほほ」
二人は元気に笑い合っている。ずいぶんと余裕そうだ。
「食事が出るのか」
「そりゃそうだよ。食べないと死んじゃうからね」
「まっずい、ゴミみたいな食事ですわ、おほほほ」
食べないと死んでしまう、か。確かにその通りだ。だが、『三日程度なら死なないだろう』と水も食料も出さない輩が居てもおかしくない。それくらい、ここは命が軽い世界だ。
それなのに、だ。
この二人はずいぶんと危機感が足りない。
自分が死ぬことを考えていないのは若者らしいと言えるかもしれない。だが、ここまで危機感が足りないのは、これまで暮らしてきた環境、そして教育でもあるだろう。
俺は大きくため息を吐く。
これは祖母や祖父の影響ではなく、両親の影響だろうか。
なんとも言えない。
「それで? どうするつもりだ」
俺は二人に聞く。
「どうするって、どうにか出来るのー?」
「おーっほっほほほほ。待ってれば大丈夫ですわ。きっと私を助けに来てくれるもの」
少年と少女はそんなことを言っている。
俺はもう一度大きなため息を吐く。
「助けに来てくれる? 誰がだ?」
「本家から誰か来るんじゃないかなー?」
「ええ。私たちがこんな状況ですもの」
俺は二人の言葉に肩を竦めようとし、その体が動かないことを思い出す。今、俺は芋虫のように縛られ転がされている。
「それで? その本家とやらはお前たちがここに捕まっていることを知っているのか?」
「え?」
「あ!」
俺の言葉に二人は静かになる。少女の方は悔しそうに唇を噛みしめ、睨むような目でこちらを見ていた。
俺は何度目か分からない大きなため息を吐く。
「俺は確認しただけなんだが……そもそもお前たちはどうして捕まったんだ?」
「ふん、知らない」
少女は口を尖らせたままだ。
「えーっと、ねーちゃんがあそこで食事をしようって言って、そこで食事をしたら……気付いたらこうなってたって感じかな?」
「アイダ、なんでそいつにバラすの! ……って、おほほほほ」
少女は取り繕うように笑っている。
「でも、僕たちを攫うなんて、多分、人違いでもしたんじゃないかなー」
「おほほほほ」
二人ののんきな様子に俺はもう一度、ため息を吐いて良いだろうか? と、そんな気分になる。
「なるほど。食事に、か。こちらも同じだ」
「だよねー」
「なんだ、あんたも同じじゃない」
少年と少女に言われ、肩を竦めたくなる。
「それで、どうするつもりだ?」
「どうしようか? どうしたら良いと思う?」
少年は俺に聞いてくる。
「ふーん。食事の時に、食事を運んできた奴を捕まえてここから抜け出すの。おほほほ、抜け出すのですわ」
少女はヤケクソのように笑っている。
「分かった」
俺はそう言い、自分の体の状態を確認する。悪くない。何か盗まれている様子もない。ただ縛られているだけだ。この少年のような体を見て特別なことをする必要はないと勘違いしたのだろう。
良い傾向だ。
「何が分かったのかしら?」
「ねーちゃんの作戦じゃないかなー? どう?」
二人は緊張感のない様子でそんなことを言っている。
俺は何度目かになるか分からないため息を吐き、左手の機械の腕を起動させる。そこに仕込んだナイフが体を縛っている紐を切る。
芋虫状態から脱出し自由になった体で起き上がる。そのまま体の調子を確認する。
「え?」
「武器、隠し持ってたの?」
少年と少女は自由になった俺を見て驚いている。
……。
問題無いようだ。
「それではここから脱出しようか」
俺は二人にそう告げる。




