577 その後・後
「これを」
俺はオウカから白銀の刀を受け取る。
「これは……良いのか?」
「もう私には……うちには必要がないものだから」
「……そうか。助かる。お嬢が解き明かしたもの、その力、必ず手に入れてみせる」
「はい。きっと出来るはず。うちのゴズならきっと出来るはず。約束、きっと……」
「ああ」
オウカがこちらを見てゆっくりと微笑む。
「たくさんの冒険、たくさんの出会い。本当に楽しかった。斬って、斬って、斬って、斬り抜いて」
「お嬢はそればかりだな」
「ゴズ、うるさい。ふふふ」
「そうだ。俺はうるさいんだ。知っていただろう?」
「そうね。よーく知ってる」
ベッドの上のオウカは、もう体を動かすことすら出来ないのか、顔だけをこちらに向けて微笑んでいる。
俺はオウカとの冒険を、過ごしてきた日々を話す。
何気ないこと、過ごしてきた日々。
「ああ、あれは傑作だった。だが、そうだろう?」
「ふふ、そうだった。うむ」
出会いも、別れも、短くもたくさんの時が流れた。
「ゴズ、あなたの本当の名前を聞いても良いかしら?」
「お嬢……いや、オウカ。俺の名前はガムだ。ただのガムだ。だが、今の俺はゴズだ。お前のゴズさ」
「ガム、ありがとう」
「お礼ならもう聞いた。何度も聞いたさ。それに言っただろう。俺はお前の前ではゴズだ。ただのゴズだ」
俺はオウカの手を握る。オウカはこちらの手を握り返そうとしているようだが、その手に力が入っていない。もう握り返す力も無いようだった。
「もっとたくさんの場所に行って……もっといろいろな……」
「そうだ。そうだな。行ってない場所があるだろう? アクシードの連中のことも、レイクタウンのことも未解決だ。そうだろう? だから、一緒に……」
「ゴズ、うるさい。ふふ、久しぶりに楽しい時間……でも、少し一人にして欲しいかな」
オウカが見えない目でこちらを見ている。その顔は笑っている。
見えないはずなのに、こちらを見て微笑んでいる。
「分かった。お嬢、部屋の外で待っているよ」
「うむ」
オウカが昔のように力強く頷きを返す。
俺は握っていたオウカの手を放し、白銀の刀を持つ。そのまま部屋を出る。
……。
「母さんは、もう……」
そこで待っていたのはオリハだった。
「オウカは元々、長く生きられない体だった。ミュータントの宿命というヤツだ。だが、それは治療した。治したはずだった」
「なら、なんで!」
オリハが俺の服を掴む。強く握りしめる。
「無理をし過ぎたんだ、オウカは。オウカはミュータント治療の結果、ナノマシーンとの親和性が高くなった。その力を使えばナノマシーンを意のままに操ることが出来るだろう――それくらい優れた能力だった。だが、その力には副作用があった。オウカの伸ばしたはずの寿命を、普通に生きられたはずだった命を削るものだった」
「それが分かっていながら、なんで!」
オリハが俺を責める。その言葉はもっともだ。俺だって望んだことではない。
だが……、
「それをオウカが望んだからだ。自分らしく生きること。それがオウカの望みだ」
「でも、命を削ってまでなんて! 母さんは馬鹿だよ!」
「そうだ。オウカは馬鹿だ。大馬鹿だ。自己満足だろう、こんなのはッ! 残された娘をどうするつもりだ」
「ゴズ、私のことにするな! 私だけじゃない、ゴズだって!」
オリハが俺を掴んでいる力がさらに強くなる。
俺は首を横に振る。
「オリハ、お前はどうする?」
「私は残る。ここに残るよ」
「そうか。そうだな。最後の時までお前は居てあげてくれ、オリハ」
「ゴズは……」
「俺には見られたくないようだ」
俺は白銀の刀を持ち、その場を去る。
オウカの命が尽きるのを見ていられなかった。
オウカが小さな時からずっと一緒に居た。
オウカを見守ってきた。
そのオウカの命が尽きる。
俺は、俺には耐えられない。
オウカが残した白銀の刀を握り、強く抱きしめる。
人の命には寿命があり、終わりが来る。
出会いがあれば、終わりもある。
「ねえ、あなたは?」
「俺? 俺か俺は何者でも無い。何者でも無くなった。終わることが出来なかった亡霊だ。ただ相棒を目覚めさせるために、それだけのために生き延びている愚図さ」
「ゴズ?」
少女の何気ない言葉に俺は救われていた。
「私が、あなたの相棒を目覚めさせてあげる。助けてあげる」
「そうか。期待している」
少女の言葉を思い出す。
「ゴズ、うるさい。わたし、赤ちゃんじゃないんだよ。わたしは……」
「ああ、お嬢さまだな。オウカお嬢さま、いかがいたしましょうか?」
「もう! ゴズなんて知らない!」
少女だった時のオウカ。
俺は、ただ――白銀の刀を強く抱きしめた。
本年最後の本編更新になります。木曜の更新は人物紹介の予定です。




