570 オーガキラー42
「オリハはダークラットを動かしてくれ。俺はこっちを動かす」
ゴズがオリハに指示を出す。だが、オリハは動かない。首を傾げ、不思議そうな顔でオウカを見ていた。
「どうして?」
そして、そう呟いた。
「どうして? ああ、どうして助けるのか、ということか。その気持ちは分かる。俺もどうして、と言いたい。敵対したのなら、それはそれだけの覚悟を持ってやったことだろう? 幼いから許す? そんなことが理由になると――理由にされるのは許可したくないな。だが、幼いから自分が負ける姿を想像することが出来なかった? 若ければやり直すことが出来る? お嬢もそんな理由で許そうとしている訳ではない。自分が幼い頃に命を助けられたから……だから、一度は許すようにしている、と、これはお嬢が自身に定めたルールだ。いくら言っても聞いてくれないのだから、これは仕方ない」
ゴズが大きなため息を吐き、肩を竦める。オリハはゴズの説明に納得したのか、ゆっくりと頷きを返し、ダークラットに乗り込む。
ゴズは命乞いをしている少年とオウカの元へ歩いていく。
「お嬢、一旦、そいつを連れてショーヘーのところに戻りましょうか。お嬢もそれで良いですね?」
「うむ」
ゴズの言葉にオウカが頷きを返す。
「武器庫、お前のクルマで行く。パスを渡せ」
ゴズが睨むような目で少年を見る。
「く、クルマを奪うつもりか。クルマがなくなったら生きていけない。死ぬ、死ぬだろ。殺すつもりか、そうやって殺すのか? それは困る、困るよ」
少年の言葉にゴズは大きなため息を吐き出す。
「なら、ここで死ね。その方が俺は助かる」
ゴズが少年へと一歩踏み出す。
「ま、待て。待て待て、待てよ。ちょっと待てよ。渡す、渡すから待ってくれよ。鍵だ。それが鍵だよ」
「それで?」
「え?」
ゴズの言葉に少年はゴズが何を望んでいるか分からず困ったようにキョロキョロと周囲を見回す。そして、怯えた顔でオウカを見る。オウカは何も喋らない。何も告げない。
ゴズがもう一度大きなため息を吐き出し、困ったような顔の少年の首を掴み、引き摺って行く。
「ぐ、ぐぇ、死ぬ。首が絞まる。し、ひぬーー」
少年が叫んでいるがゴズは無視する。そのまま少年を引き摺り、ブルドーザーのような作業機械の剥き出しになった運転席に、少年を放り込む。
「お前を運ぶ必要があるからな。ほら、奥に詰めろ」
そのままゴズも乗り込む。
ゴズがレーバーを動かし、ブルドーザーのようなクルマを動かす。
ショーヘーが待つ部屋を目指し、クルマを走らせる。
……。
「遅いな」
ブルドーザーのようなクルマが無限軌道を唸らせ、床をならすように走る。
「しかも運転席が剥き出しで無防備だ」
「は? シールドがあるんだから、気にする必要は無いじゃん。無いだろ。無いよ……な?」
ゴズの独り言のような呟きに少年が反応する。
「そうか、それで?」
「えーっと、シールドがありますですから、そこは気にする必要……」
少年の言葉にゴズが大きなため息を吐く。
「そうじゃない。そうじゃあない。シールドに守られているとしても、だ。運転している者が丸見えということは、弱点が剥き出しなのと同じだ。白兵戦で来られたらどうする? それだけではない。シールドを貫通するマテリアル弾を撃たれたら? シールドを突破する方法はいくらでもある。しかも、この遅さでは……な」
「そ、そのための武装だ。こいつは遅いかもしれない。けど、けどさ! その分、武装が沢山積める。積めるんだよ! 弾幕で近寄らせなければいい。良いんだよ!」
「……そうだな」
少年の自慢するような言葉にゴズはため息とともに頷きを返す。
「それで、何故、俺たちを狙った」
「……コイル」
「結局、コイルか」
「そ、それにアクシードの幹部なんだから、幹部になるんだから、よーぼーは聞いて貢献した方が良いだろ? そうだろ? こんな無茶苦茶なヤツが相手だと分かっていたら、手を出さなかった。情報を渡さなかったヤツが悪い。騙された! 騙されただけだよ」
「ガキだな。後でならなんとでも言えるだろう」
「だ、誰がガキだ。お前だって似たような年だろーがよ。そうだろーがよ」
無駄に言い争っても疲れるだけだとゴズは話を変える。
「それで、俺たちの命は何コイルだったんだ?」
「……百万コイルだ。百万コイルだよ。あんたらはオマケで、連れている女の子を助け出せって話だったんだよ。助け出すなら、こっちの方が正しい。そうだよ、そうなんだよ。悪くないだろ、俺は悪くない!」
「救出、か。まぁ、そうなるのか? しかし、百万コイルか。いくら、救出が目的で俺たちの排除はオマケだとしても、百万コイルとは……ずいぶんと安く見られたものだ」
「は? 百万だぞ。百万コイルだよ! 賞金首の賞金を、相場を知らないのかよ。百万は俺からしても安くない!」
少年の言葉にゴズは何度目か分からないため息を吐く。
「お前の賞金額が四十二万コイルだということは知っている。それで?」
「それで……なんだよ? 何が言いたいんだよ」
「お前が賭けた命の代金はたった百万コイルだったというだけだ。その程度のコイルで命を賭けたということだろう?」
「そ、それは違うだろ。それだと、千コイルの賞金首を狩るヤツが千コイルの価値しか無いってことになるじゃん。違う、違うだろ」
少年の言葉にゴズは肩を竦める。
「そろそろ、ショーヘーの拠点に着く。ショーヘーは知っているな?」
「は? 武器屋の先輩だろ? 知ってる、知ってるさ。じりゅーも見えない、昔ながらにこだわって、あんなパンドラいじりだけをやってるヤツの下につくのかよ。んだよ! 俺の腕を無駄にするだけ、だけだよ。それでもあいつの下につけって言うのかよ!」
ゴズは少年を見る。
「そうだ。それがお前の命を助ける条件だ」
「な、なんだよ。なんだよ! まさか首輪でもつけるのか。じんどーが悪いんだよ。そ、そういうのは不味いだろ。不味いよ」
少年は怯えたような顔でゴズを見る。見ている。
ゴズはもう一度大きなため息を吐いた。




